第19話 間話 ソラリスの日本とは
ヘパイトスこと、山中 充が何処かの国に属する事を決める夜戦が終わり、ヘパイトスが勝利した後日であり、このソラリスが統治した日本の話である。
ここはとある、職業適正所、所謂…職安だったが、今は…全く違う。
仕事を求める者の適正や、主に意思によって職業を決める適正所になった。
そこへ、とある企業が求人を募集しに訪れる。
「これが、ウチの会社の求人です」
と、適正所の職員に渡す。
職員は素早く、提出した資料をスキャンに掛けて調べる。
そこに記載されている企業規模、その給与、働いている従業員の数。
基本的な企業情報と、その給与や労働時間の情報。
そして、その情報はソラリスが集めた日本地区のデータと照らし合わせる。それは無論、その企業が納める税金、消費電力、日本中に張り巡らせた自動監視システムによって得られた企業活動と、多岐に…。
そして、誤りが発見され、職員が
「すいません。そちらが記載した企業の内容に誤りがありましたので…」
募集に来た企業の経営者は戸惑う。
「どこがですか?」
職員が訂正した情報のペーパーを渡す。
それを見た経営者は青ざめる。
「こんなの…ウソだ!」
その記載には、労働時間は、8時間ではなく12時間で、労働時間あたりの賃金は、全国最低賃金基準である1200円以下、記載にない夜勤の連続勤務あり、残業代の未払いあり、企業の金額規模も倍に水増しをしていると…。
更に職員が
「これを…どうぞ…」
と、渡したのが、経営者やその企業を仕切る課長以上達が行ったパワハラやセクハラの情報だ。
経営者は困惑し
「こんなの! デタラメだ!」
職員は腕を組み沈黙して見ている。
経営者は訴える。
「こんなデタラメで求職を行うなんて、おかしい」
「ほうぅ」と職員は静かに肯き「では、これもウソなんですか?」と渡した一枚の紙には、その企業が取引している企業達の一覧があった。
経営者は「な…」と驚きに顔を染める。
職員は淡々と告げる。
「貴方のような経営者は多いんですよ。本当に、ウソを平然と書いて。まあ、ソラリスが統治する前の日本だったら、わたくし達も仕方ないと…黙認しましたが…。もう、その必要はありません。何故なら、ここは日本ではない。ソラリスなのです。ソラリス日本地区です。ソラリスは、国民を守るのが使命です。貴方達、組織や企業を守るつもりはありません」
経営者が怒声を上げる。
「こんな事をして! 日本から仕事が消えるぞ! 労働者は! 失業者が増えるぞ!」
職員がフッと笑み
「失業者は増えません。減ります。何故なら、ソラリスが統治、運営するナノマシンエンジニアに今、必要とされていますので…。優先的にそちらに回していますから…」
経営者が間のテーブルを叩き。
「我々が潰れてしまう!」
職員が淡々と
「問題ありません。その代わりをソラリスが、ナノマシンエンジニア達から作りますので。勿論、ウソなんて吐く必要が無い、健全な企業活動で…」
その強気な発言で、経営者が勢いを抑えて
「なぁ。私達の企業は人が必要なんです。ソラリスの力もあって、売り上げも伸びて、規模を大きくして、人を雇える。社会に貢献できるんです。それを分かってくれませんか」
職員が冷徹な目で
「社会に貢献? では…」
と、パワハラ、セクハラの資料を読み上げる。
「お前なんて、幾らでも代わりがいる。給料泥棒が。
生きている価値はない。お前、死んでオレに詫びろ!
女なんて、男を喜ばせるだけの道具だ!
女のくせに一丁前に言いやがって生意気だ。その後に暴力
女なんて、男に寄生して生きるしか能が無い。
お前みたいな男は、死んで詫びてこい。それが世の中の為だ!
お前は、クズだ。だから、オレに尽くして当然だ!」
周囲には沢山の人達がいる。
その冷徹な視線が経営者に向けられて
「止めてください」
職員が
「訴えられないし、捕まらないし、それで良しとすれば良いじゃないですか?」
経営者の男が、怒り拳を上げて職員に殴り掛かろうとした。
拳が、職員に触れる寸前、経営者の男の全身に電流が走り、その場で体勢を崩して蹲る。
「う…あ…」
と、経営者の男は、苦しんでいる目の前の職員の左右に、円盤形のドローン達が降りてくる。
そのドローンの赤いレーザーが、経営者の男を狙い、その電流を走らせる砲口が向けられている。
職員が
「いるんですよね。最近、貴方みたいな人。自分の思い通りにいかないと、暴力を振るう方が。この会話も、貴方の会話や行動も録音録画されています。つまり、このまま貴方は犯罪者として、警察に捕まりますが…チャンスをあげます。立ち去ってください。それで通報するのは止めにします」
経営者の男は立ち上がって、出て行こうとすると、職員が
「ああ…そうだ。貴方のような人にこういう事を告げてくださいと…言われています。
お前達が、嘗て弱い立場の労働者達に暴力と侮辱と陵辱をした分が今、お前に返ってきているだけだ。お前が、今、絶望に墜ちているなら、それは、お前が嘗て絶望に落とした者達がそれだけいるという事を忘れるな…と」
経営者の男は、職業適性所を後にして、別の求人募集をする。
それは、求人雑誌だ。
だが、求人雑誌の会社から
『残念ですが。そちらの会社の求人を乗せる事は出来ません。会社の規模、労働時間、給与、その他、あらゆる事に誤記載がありますので…』
新聞も、雑誌も、ダイレクトメールすら、相手にされない。
やっと、ソラリスの統治のお陰で仕事の売り上げが伸びて、これから規模を大きくしようとしていた矢先だ。
労働者が集まらない。
機械は人が動かさないといけない。
どんなに無人化、AI化しても、人が必ず必要で、作業者とメンテナンスする人員は絶対に欲しい。
その男は助けを求めて、人を傭っている経営者の集まりに来るが、皆、口々に
「ウチも同じです。過去のパワハラはセクハラの案件を出されて…求人に値しないと…」
「私も同じです。過労死や長時間労働をした経歴を問われて…求人に値しないと…」
「暴力とパワハラの経歴があり…断られて…」
困り果てた経営者の一同は、議員へ相談する。
「こんなの横暴です」
「助けてください」
「ソラリスの暴走です」
議員は女性だった。静かに全てを聞き
「分かりました。我々でなんとか…」
経営者達は安堵した。
議員に対して、献金が一切出来ない現状で、自分達の望みが届くとは思っていなかったのだ。
今、ソラリス日本地区の国会議員は、一切の献金を受け付けられない。全ての給与と経費はソラリスが出している。
かなり、きめ細やかに、出してくれる。
そして、議員の生活の保護もしてくれる。
よって、今まで企業が議員の様々なお金を出して維持していた現状は全て違法とされ、それをした議員は罷免、議員失職となる。
企業の言う事が通る、時代ではなくなった。だが、本当の意味で、国民の為の政治が始まったのも事実だ。
皮肉な事に、人の手によってではなく。
そして、数日後、相談しに言った経営者達に分厚い書類が届く。
それは…ソラリスからだった。
その書類には、届いた経営者達が行ったパワハラやセクハラ、労働過失致死犯罪の多くが載り。
ソラリスの書面があった。
貴方達、人を人と思わない者達に、加護をするつもりは、一切ありません。
経営者という仮面を被った搾取者という犯罪者を守る義務は、一切、ソラリスには存在しません。
一応、社会的に、問題がありつつも、手を加えると問題もありますので、放置しますが、我々、ソラリスは一切の援助を行いません。
一応は、人としての権利は個人としては発生しますが。
組織には、一切、生じません。
冷徹な回答だった。
そして、次々と問題が発生する。
それは、労働者達が会社を辞めていく。
売り上げはある。給料も払える。だが…労働者は辞めて、ソラリスが進めるナノマシンエンジニアになっていく。
そのナノマシンエンジニアは、個人で自分の何でも工場を持っているのと同じだ。
原子サイズのアーベル型ナノマシンの原子サイズナノマシン加工機は、全ての加工と製造を可能として、それによって、個人でパソコンのブランドをしたり、個人で高性能な車や、住宅の部品までも作れる。
それは、人が集まった組織ではない。個々人が横の繋がり、人の絆によって繋がった群体のようだ。
故に、個人で責任感がまして、更なる仕事の向上が起こり発展する。
組織という上から下に命令するシステムが、今やタウンという多くの者達、末端から上に集まって大きな事をする群体、正にタウン『町』という新たなシステムが誕生した。
それに適応出来ない、従来の企業という者達は、労働者達に辞めないように説得や、給与のアップを約束するが…誰も信じなかった。
それ程までに、労働者は経営者に対して信用がない。
それ程までに、経営者は労働者を酷使して地獄を見せてきた。
命令するだけなら、誰でも出来るしか出来ない経営者の今までの暴力と恫喝のツケが、今、ここで精算され始めた。
そんな経営者に残された選択は、労働者がいなくなった現場を、ソラリスの力、皮肉にも辞めていて創生されたナノマシンエンジニア達が作る無人化システムによって補うしかない。
だが、それも、結局は経営者の努力が足りないとして、汚点として残り、求人が一切だせない現状が続く事になる。
既存の経営者達の財産は守られるだろう。このソラリスが誕生させたナノマシンエンジニア達によって。
だが、そこに人は一切いない。
社会に必要な需要分だけ、生産製造されるだけの、機械システム群があるだけ。
売り上げはある、人がいない。それを支えるのはソラリスと、多くの独立した労働者達ナノマシンエンジニア。
財産は補償される。だが、人はいない。そこはソラリスと多くの暴力と恫喝によって辞めさせられた労働者達が維持している。
ソラリスと、かつての彼ら達が必要ないとされたら、全ては終わる。
因果応報でしかない。かつて、人々をモノ以下に扱ったのを、今度は自分が受ける番になった。
それを変えようと、人々に訴えるが、99%の者達の富を全て持つ1%しかいない彼らは、民主主義では、圧倒的に少数であり無力だ。
日本の経営者の数は、人口に対して5%しかない。
たった5%の民意でありつつ、日本の富みの90%を持つ彼ら。
これから先、その富を持つ5%の者達と、それ以外の95%の国民との意識の差は広がり、決定的な隔絶となるだろう。
全ての富を持つ5%の者達を…誰も助ける事はしないだろう。
何故なら、ソラリスは民主主義の原理に従って残りの富を持たない95%の者達しか味方しないのだから。
ここは嘗ての、勝者であれば、何でも良しとされた日本ではなくなった。
勝者は、暴力と富みの分配に搾取を持って人々を支配してきた。
だが、その構造が終わりを迎えようとしている。
皮肉にも、人の手ではない。
ソラリスという人以外の者達の手によって成し遂げられていく。
勝者の征服による支配、分配、搾取というシステムは終わろうとしている。
人々の創生と組み合わせによる、広がりというシステムが始まろうとしている。
嘗ての勝者が敗者になるのも、敗者が勝者になるもの、人の道理なのだ。
◇◆◇◆◇◆◇
山中 充は、何時ものように畑の管理をしていると、とある車が自分の軽トラの後ろに付く。
「んん?」
と、車を見つめるとそこには、CIAの彼女、朝宮だった。
朝宮が車から出て「こんにちはーーー」と畑に行こうとすると、山中が作業を止めて近付く。
「そんなOLの格好で畑に入ろうとすると、畑にいる害虫に襲われるぞ」
朝宮が驚き、畑から離れる。
山中は、畑の作業着のまま、朝宮の前に行き
「何の用だ?」
朝宮は笑みをする。完全にビジネスフェイスだ。
「もう一度、同じ条件で我々と対戦してくれませんか?」
山中はフッと皮肉に笑み
「へぇ…泣きの一回か?」
朝宮はちょっと笑みを引き攣り
「ええ…そうです。もう一度、我々にチャンスを」
山中は背を向け
「チャンスって日本語で何て言うか、知っているか?」
朝宮は困惑するも
「チャンスは、チャンスなのでは?」
山中は呆れに眉間を寄せ、振り向き
「機会だ。機会…時機が会うって事だ。時機は、一回しかこない。そういう事だ」
「ま、待って!」と朝宮は袖を掴み
「貴方の欲しいモノを提供します。それで…」
山中は渋い顔をして考える。
ええ…欲しいモノ? CIAから欲しいもの? 国だよね?
す…。欲しいなんてあったけ?
不満はあるが…。それは欲しいモノか? いや、不満は自分で解消するしかないし…。 というか…オレ、欲しいモノあったけ?
あれ? あれ?
凄く困っている山中を見て朝宮が
「山中さんは、独身ですよね?」
「あ、ああ…うん」と山中は肯く。
朝宮が自信ありげに
「なら、彼女なんてどうですか? 見繕う事が出来ると思いますよ」
それを聞いて山中はドン引いた。
え? なに? 女を見繕う? 用意するの?
えええ! それって、女なら何でもいいクソ野郎って思われているのか!
その前にCIAから用意される女なんて、絶対にCIAの息がかかったスパイだろう!
何を考えているんだ?
更に困惑し困る山中。
朝宮が自信ありげに胸を張り
「好みを言ってください。揃えますから」
山中は顔を引き攣らせながら
「じゃあ、アンタが彼女になってくれるなら…」
朝宮が困惑を見せた後、考えて
「う…分かりました。それでいいなら…」
山中は眉間を見た事ない角度に捻られ
「君、どんだけ、アホな事を言っているか分かっているのか? そんなの普通さあ、男が聞いて喜ぶと思う? 今のは例えの話だぞ。それをマジにするなんて…ドン引きだわ。君だって彼氏くらいいるだろう? それに申し訳ないと思わないのか?」
朝宮が顔を引き攣り笑みで
「その…いませんから…」
山中は呆れに頭を振り
「君の年齢は?」
朝宮が引き攣り笑みで
「24です」
山中が説教クサく
「いいか、自分を卑下するな。自信を持ちなさい。世の中には、体が目的のクソ野郎がいるんだ。そんなヤツに引っかかりたくないだろう。自分の価値を下げるな! 女の子なら尚更だ。自分を大事にしなさい」
朝宮が頬を掻きながら
「その…お父さんかお兄さんに説教されているみたいですね」
山中は肩を竦めて
「そりゃ、そうさ…13歳差もあるんだ。37歳、四十代が近いと父親みたいにオッサンにもなるさ」
朝宮が照れ笑いで
「良い人なんですね。山中さんって。どうして独身だったんですか?」
山中は朝宮の顔を見つめる。
大凡、独身って事を知っているなら、自分の経歴や情報も掴んでいるのは当然だろう。
「35に成るまでに、真面な収入を得られなかったからさ。男は35を越えて女がいないと女を結婚や家庭を諦める。それだけだ」
朝宮が真面目な顔で
「でも、今は…違う。そうですよね」
山中は淡々とした視線で
「知っているか? 35を越えた男の結婚確率を」
朝宮が首を横に振り
「いいえ、知りません」
山中は何処か悲しげな笑みで
「千分の一だ、そうだ…。オレは、その千人に一人に入れる気が、サラサラしない。起こらない現実を待つより、今ある現実を優先する。それだけだ」
朝宮が声を張り
「じゃあ、今ある現実を優先してください。山中さんを必要としている人達がいます」
山中は静かな眼で
「君達、国という組織は、今、オレが優先するべき現実じゃあない」
朝宮が渋い顔をして焚き付ける。
「逃げるんですか! 自分の運命に!」
山中は背を向け一言
「ああ…逃げるとも、そこは、オレの運命じゃあない。オレは、自分の運命を分かっているからなぁ…」
朝宮は食い下がり
「自分の運命なんて、自分で決められません!」
畑に戻る山中が横見で
「君の現実は、そうだろう! オレの現実は違う!」
山中は畑に戻り、作業をしていると、朝宮は終わるまで待っていた。
説得出来るまで帰るつもりはないらしい。
「やれやれ」
と、山中は呟いた。
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