14. 夜の救世主

 その夜の出来事は、誰の側からも忘れらないことだっただろう。

 人々からは遠いところにいるはずの、「竜」が。

 孤高の存在が、その最後の時まで――否。

 永久に妖精を、人の子を。

 大いなる愛で、柔らかに包み込んでいたことを。


 辛くて、苦しくて悲しくて、でも。

 ――後に残りしは、愛しさのみ。



 こはくには、これから何が起こるのかなどわからない。それでも、フィネルたちの緊迫した様子から、「たいへんな事が起きる」というのを、肌で感じる。

 ――「それ」は、唐突に起きた。

 最初に気づいたのは、カテだった。くん、と鼻を鳴らすと、嫌なにおいがした。焦げ臭い。

『あれ、なんか変なニオイ、しない?』

『ニオイ……? ――まさか!』

 それに気づいたのがもっと早ければ、あるいは。

『……キキ、カトレア。いますぐみんなを連れて、この森をでられるかい』

『何をいうの、フィネ……ル……?』

『えっ、……っ? 森が、燃えて……?』

 最年長の妖精たちに、フィネルが指示を出す。

その間にも、妖精たちの不安な声が聞こえる。

『そんな……。私たちの家が……?』

『妖精の森を燃やすなんて……。なんて恥知らずなっ……!』

『フィネル、何処へ逃げろと?』

『私たちの家を、離れろというのか!』

 「妖精」は、精霊と同じく聖なるもの。「竜」は、神を守護するものといわれている。どちらもこの世界では、幸せの象徴とも言える存在。そう広めたのは、間違いなく人間だ。

 その人間が、それの住む森に、火を放つなど。いくら何でもひどすぎる。

 さすがに、というか。人間を、ずいぶん甘く見ていたようだ。

(狙いは私だけなんじゃなかったのか!? まさか、あの半竜の言ったことは、嘘……?)

 フィネルが、そう思ったとき。


『――この先に水場をつくった。道を開けるから、急いで逃げて!』


 ざぶん、と。火の手が回りつつある森の、とある一筋に、水で覆われた「道」ができた。

 間違いなく、あの半竜の声だ。

 アオイの声に、子どもたちを従わせる。

『大丈夫。彼は私たちの救世主だよ』

 安心させるように、フィネルは呼びかける。

 ――アオイには、本当に感謝しかない。



 こはくがひとりで、集まり遅れた小さな妖精を探しに戻っているのに、もう少し早く、誰かが気づけていたら。未来はまた違っていたのかもしれない。

 言い換えれば、それだけこはくが、この森の者たちと同化していた、ということでもあるのだろうが。

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