コールタール

蒙昧

コールタール

おれはコールタールを飲まされた。それは知らないうちにおれの胸に蓄積して、黒く暗く粘ついて胸の底に溜まっていた。誰が飲ましたのか、それは知らない。色んなひとがすこしずつ加担しておれに飲ましたのだと思う。それは母親かもしれないし今は笑顔のない妹かもしれない。あるいは離婚して居なくなった父親がやったのかもしれない。おれは飲まされたと言ったが、本当は自らがぶがふと飲み下したのかもしれない。おれは誰でも疑うことは出来るし、これまで様々な納得をしてきたような気がするが、おれの胸のコールタールが抜けないこと、ぐつぐつと煮え立って込み上げてくるコールタールと一緒に、暴力性や異常性欲が噴き出してしまって手に負えないこと、そのことは変わらないし、変えようがない。そういうとき、おれは自分がつくづく嫌になる。次々に厭世的なことを口にできる心境になる。そうして吐き出して目の前の誰かに浴びせかけた分のコールタールを、ちゃっかり胸の内で醸成して継ぎ足しているのかもしれない。きっとそうだと思う。

 おれは愚か者の引きこもりだ。ゲーム浸りの毎日だ。コールタールに毒された愚か者だ。とうとう学校を退学になってしまった。同級生は持ち上がりでそのまま高校に進んだ。

 おれは中卒の愚か者だ。自宅から出られないのだから、通信制の高校さえも通えない。かててくわえて、働くのが怖いときている。その甘えん坊のおれのために、笑わない妹のために、母親はよっぴいてどこかで働いているらしい。何をしているのか知らないが、酔っ払って団地の一室の我が家へ帰宅するとき、母親は狂って泣いておれの部屋に押し入ってくることがある。夜明け前に寝たばかりのおれの布団を引き剥がして、寝巻きと下着までずり下ろして、おれをすっかり半裸にしてしまうのだ。おれはこのことに、始めは気持ち悪がったがこの頃慣れてきたので、なすがままにされている。母親はおれの小さく縮こまった性器を左手で包んでもてあそび始める。擦りや刺激に弱いおれの性器は反応を我慢しても、それでもなお力強く堅くなってくる。血液が巡り腫れ上がったおれの性器を母親は酒臭い口の中に放り込む。舌が先の方の尿道の出口を擦って張り付いたのを感じると、やはりおれは耐えられないと分かる。眠ったふりをしていたときもあったが、ちょうどこの瞬間におれは赤ん坊に戻って、激しく喘いでしまう。駄目だよ、かあさん、駄目だよ、かあさん、何しているんだよ。出るものは出るし、母親の口の中は白く汚れている。飲み込むときもあれば、ティッシュのうえに出すこともある。このときの母親はどこか変だ。何者かに乗り移られているのかもしれないと思う。おれはこのときの母親を母親だとは思わないことにして、快楽だけを受け止めている。母親の口に溜まった白濁が黒く暗いコールタールに見えてくる。おれのために働いている母親、そのうえ、おれを不幸に陥れたこのコールタールの溜まりを、どうにか減らそうとさえして、心を砕いてくれている。おれは全身に熱を持った身体で、純粋に、ありがたいと思っている。

でも、こんな世界はありえない。夢なら醒めてくれとそう願っている。醒めた世界はどんなことになっているだろう。まず母親が息子にフェラチオはしないだろう。このことは堪らなく気持ち良いことだが、その分、他人の立場から見て気持ち悪いこと限りない。

 目が醒めたら生きているだろうか。現実はもっと面白くないだろう。気持ち良くないだろう。初めて夢から必死に這い上がることになる。これは何かの転機かもしれないが、いけないことをおれは始めようとしているのかもしれない。

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コールタール 蒙昧 @tdj-yuma

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