最終決戦――3

 「なっ!?」


 塔を見上げて、一同は絶句した。


 いつの間にか灰色の外壁に、目が。


 あそこにも、そこにも、至る所に。


 が、が、が。


 琥珀色にぎらぎらと光る目玉が、無数に現れたのだ。


 「みんな、散れっ!」


 アレクが叫んだ。当然だった。あの目から一斉に魔法攻撃でもされたら、ひと塊になっている一行は皆殺しにされる。一行は飛びのき、護りを固めた。


 「私をお守りください魔皇まおう陛下!!」


 『なんじ、なんであるか」


 さもあらん。塔の、いやさ魔皇の目が一斉に光る。すると薄紫の膜が現れ、魔皇とそれにへばりついていたヴァン・ノンをすっぽりと包んでしまった。


 「あの塔が魔皇そのものって訳⁉」


 距離が離れても勇者一行は念話でお互いに通じ合っている。マルチナの驚愕に満ちた声が全員の脳内に届く。


 「いえ、あれだけじゃありません!ひょっとしたらこの地面、いや、この空間そのものが!」


 「魔皇だってのか。じゃあ俺たちは奴の腹の中か⁉」


 「だったら話は早いっ!やあああっ!!」


 言うや否やアレクは聖剣で地面を切りつけた。青白い斬撃が大地を穿ち、空間を揺るがした。


 「なるほど!」


 「そりゃあそうだ!」


 それを見たマルチナが詠唱無しに火炎呪文を床へ叩き込んだ。ロイも力任せに大剣を足元へぶっ刺す。ここが魔皇そのものの内部であるならば、これだけでもダメージになる筈である。


 「やぁぁぁぁぁっ!!」


 「――灼けろ!灼けろ!灼けちゃえぇ!!」


 「こいつ!こいつ!このぉぉぉっ!!」


 三人は連続で渾身の攻撃を次々と足元へ打ち込んでいった。ただ一人状況を見ていたクロノが、「待って下さい!」と制するまで。


 「闇雲に攻撃してもダメです!それに様子も変です。反撃、してきませんよ…?」


 言われて三人は攻撃の手を止めた。三人が立っている地面は抉れ、或いはただれ、まるで傷口のように見えた。実際それは、魔皇へ与えた傷なのであろう。


 だが魔皇の中枢と思わしき塔は、微動だにしなかった。無数の眼球たちも、先ほど光った後に動く気配はない。それはヴァン・ノンすらも同様だった。


 「どういう、こと…」


 「ぜー、ぜー!何してやがんだあいつら…」


 薄紫の膜、それが魔皇による防壁なのは一行にも理解できた。その内側で、ヴァン・ノンは塔と何か語らっているようだった。勇者たちを前にして、である。


 アレクたちが手を止めて耳を澄ませると、防壁越しにもその語らいは十分耳に入ってきた。


 『われ、なんであるか』


 「はは、貴方は魔皇陛下。魔族を産みだし、この世に修羅のちまたもたらす御方にあらせられます」


 『なんじ、なんであるか』


 「私めは、陛下の忠実なる僕にございます。陛下の恩寵を賜いまして、人間どもへ鉄槌を下す魔将軍めにございまする」


 『まおう、ましょうぐん、そうか、そうか――』


 どうやら魔皇にも人間と対話する人格は存在しているようだった。だがアレクは、この会話に今まで感じていた違和感をもう一度呼び起こされた。


 「あいつら…どういう関係なんだ?」


 素直過ぎる疑問を吐露したロイだったが、一行の思いは又しても同じだった。


 『われは、なにをする?い、や、何をして、きたのか』


 「私めと共に、この世をば平らげようとしておりました。それをあの勇者めが、邪魔だてしてきたのでございます」


 『ゆう、しゃ?ゆうしゃ。ゆう――…しゃ』


 塔に開いた一際大きな眼が、勇者を見据える。瞬間、アレクは得も言われぬ悪寒を覚え、聖なる剣の切っ先を魔皇に突きつけた。


 『きんのかみ。みどりのめ』


 「お願い申し上げます陛下!これまで通り、この私をお救い下さい!お導き下さい!」


 『…何をすれば、よい?』


 「私めと貴方様を、きやつめらの手の届かぬ地へお運びください!」


 アレクにとってヴァン・ノンの言葉は意外なものだった。奴はまだ逃げようとしているのだ。てっきりあの魔皇と共に戦いを挑んでくると思っていたのに。


 そして、魔皇は魔皇で訳が分からない存在だった。いくつかの目をぎょろぎょろと動かすと、この人類最大の怨敵にしてこの世の災厄全ての根源は。


 『わかった』


 あっさりと逃亡を認めた。


 目玉が、又光りだした。


 「させないわよ――ほとばしれえっ!!」


 マルチナが即座に雷撃魔法を撃ち込む。薄紫の防壁に光の波が飛び散る。反射され跳ね返った熱で大気が煮え立つ。だが防壁の内側のヴァン・ノンも魔皇も身じろぎひとつしない。


 「どっせい!」


 「――主の輝きよ!」

 

 アレクが大剣を魔皇めがけて放り投げる。クロノがそれに合わせて、聖なる力を解き放つ。だが物理攻撃も偉大なる主神の験力も、防壁を貫けない。


 『われ、われ何であるか。なんじ、何であるか』


 魔皇の塔が、天辺からぼんやりと霞んでいく。魔術陣も無しに転移が始まったらしい。ヴァン・ノンが勇者一行を横目にほくそ笑むのがアレクにははっきり見えた。


 柄に巻いていた索で大剣を手繰り寄せつつ、ロイが吠える。


 「畜生!ここまで来て取り逃すのかよ!」


 「マルチナさん、あの防壁は解除出来ないのですか!?」


 「さっきから解呪かけてるけど効かないのよ!あれ、魔力で構成されてないわ。何だか良く分からないモノで出来てるっ」


 「クソが、もう一撃――…」


 悪態をつき再び大剣を構えたロイの傍らより。


 「アレク⁉」


 「ばか、ちょっと何してんの⁉」


 躍り出でたるは聖剣を構えた勇者であった。


 脇目もふらず、勇者は魔皇の張る防壁目がけて疾駆する。仲間たちが制止する声は、当然耳に届いている。だが止まるわけにはいかないのだ。


 ここで止まってしまったら、ここで奴らを逃してしまったら。自分のやって来たことは、仲間たちのやって来たことは全て無駄になってしまう。


 それだけはさせてならなかった。勇者として、だけではない。今まで自身の中でくすぶっていた何かがアレクを突き動かしていた。それが何なのかはアレク自身にも上手く説明できなかった。


 「魔皇ぉぉぉ――ッ!!」


 聖剣が輝く。オーロラのような七色の輝きが刀身を流れる。勇者は魔皇の防壁へ、その輝く剣を突き刺した。


 ヴァン・ノンの顔が初めて恐怖に引きつった。輝く聖剣はいとも簡単に魔皇の護りを断ち切ってみせた。切り拓いた開口部から勇者は魔皇の懐へ飛び込み、裂帛れっぱくの気合を放った。


 「終わりだ魔皇、これで!最期…ッ⁉」


 瞬間、世界は真っ白になり、勇者一行はあまりの眩しさに目を塞いだ。


 「なんだ!?」


 「まぶしっ」


 「この光は何です!」


 「あ、ああああ、どうしてどうしてどうしてぇ⁉」


 魔将軍の叫びがこだまする。醜悪としか呼べぬ叫び声が、所かまわずこだまする。


 「違うのです魔皇様!こいつは、こんな奴まで…」


 最後まで言い終える前に、悲鳴は途切れた。反響すら残らなかった。それと同時に光も消えてなくなった。


 いや、それどころかが目を開けると、そこは単なる洞窟の中になっていた。薄気味の悪い灰色の肉塊など、足元にもどこにもない。床はただの岩でできた大地になっていた。魔皇の塔も、ヴァン・ノンも、どこにもいなかった。


 そして何よりも。


 「…おい、アレク?」


 勇者の姿も、完全に消え失せていたのである。

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