最終決戦――2

 転移された先は、だだっ広い空間だった。


 地平線も見えない、天井すら霞んでどこまで続いているのか分からない。とにかく果てしない空間だった。


 足元の地面は灰色で何だかぶよぶよとしていて、大小様々な肉の塊か何かの集合体に見える。


 「なにここ、きもちわるい」


 マルチナが率直な感想を述べた。どう見ても魔皇宮まおうきゅう内部ではなかった。


 「なんだここは、地下か?洞窟にしちゃ広すぎねぇか?」


 「瘴気は…ありません。空気は澱みきっていますが、それだけです」


 一行がそれぞれ現状を把握している中で、アレクはいち早くそれを見つけた。


 「みんな、あれ」


 指さした先には、大きな塔があった。


 勇者一行からそれ程遠くない場所に、妙な角度で傾いた塔がぽつんと立っていた。どうやら床と同じ物で造られているらしく、表面が時たまうごめいているのが見て取れる。


 「なにあれ、きしょい」


 「あそこにいんのか?その、魔皇まおうとかってのが」


 「…とにかく、行ってみよう」


 他に目印もなく、勇者一行はとにかくその塔へ向かうほか無かった。ぶよぶよとした地面を踏むのを嫌がったマルチナが、飛行魔法の使用を提案したが魔力節約の為歩くことにした。


 「うう、きもい。なにここきもすぎる。ここをあのヴァン・ノンが造ったんだったら、あいつやっぱりぶっ飛ばしてやる」


 「魔族一匹襲い掛かってこないってのは変だね」


 「と、いうよりも私たち以外に命あるものの気配がしません…この地面も、肉のようですが生きている訳じゃなさそうです」


 「じゃあ、何でできてるのよコレ⁉」


 「皆目見当も…」


 「とりあえず、食えそうにはねぇからどうでもいいな」


 極めて脳筋な意見をロイが呟き一同が溜息をつく中、アレクはヴァン・ノンの言葉を反芻していた。


 あの男は魔皇の事を『力その物』だと言った。


 魔皇まおうと名乗っている以上、アレクは魔皇を人格がある存在だと思っていた。奴らが放つ魔族は意思もなく、自分たち以外の生命を殺す以外能のない操り人形に過ぎない。しかしそれを背後から操る魔皇には、少なくとも意思があると思い込んでいた。


 だが、あの男の口ぶり。そして生命いのち無きこの空間の様子。魔皇はひょっとすると他の魔族同様、操り人形か何かなのか。だがしかし、ヴァン・ノンがそんなモノに仕えて何の意味があるというのか。


 「おい、ついたぞアレク」


 考えを巡らせている内に、一行は塔の足元まで辿り着いていた。


 「ああ、ごめん。考え事してた」


 「この状況でもほんと余裕あるな、お前…」


 さっきまでこの地面を食うか食えないかという視点で見ていたロイに言われたくはないと勇者は思った。


 近くまでやってきてみると塔は予想以上に巨大で、そして異様だった。やはり地面と同様、ぶよぶよとした何かの集合体だ。時折表面で蠕動を繰り返す姿は、例えようもないほど不気味である。


 「これ…本当に、塔?」


 マルチナの言葉を聞くまでもなく、一行は同じ疑問を抱いていた。一見して窓もなく、入り口すらない。そして自ら動いている。これは本当に塔、いや、人が暮らす建造物なのか。


 「いき…もの…?で、ですが生命の気配はない。息遣いも体温も感じられません」


 「これ、どうやって入るんだ。そもそも入るもんなのか?」


 「ひょっとして、こいつが――」


 「へいか!」


 聞き覚えのある叫び声がした。


 間違いなく塔の反対側から聞こえてきた。


 アレクを先頭に一行はすぐさま反応した。塔の周りに沿って走り出す。蠢く外壁を横目に、一行は駆けた。目指すはあの男ただ一人。


 「ヴァン・ノン!」


 そこにいたのは、灰色の壁にすがりつく襤褸切れのようになった魔将軍だった。自慢の甲冑は転移の衝撃の為かひび割れ、顔には半分だけになった仮面が張り付いている。


 「追い詰めたぞヴァン・ノン!」


 勇者の一喝に魔将軍は顔を上げ、その唇を三日月形に歪めた。

 

 「き、来たか、来おったか勇者ども。ぐふう、ぐふう…」


 「今度こそもう逃げ場はないみたいだな、魔皇はどこだ!」


 一行は更に回り込み、塔を背にしたヴァン・ノンと対峙した。ヴァン・ノンは震える足で立ち上がり、塔の壁に寄りかかった。


 「ま、魔皇、まおうさまか。まおうへいか、か、ぐふ、ぐふ、ぐふふふぅ――何を言う、陛下は既に此処ここおわすではないか、ぐ、ひ、ひ」


 ふいに魔将軍は拳を振り上げた。勇者一行は魔将軍が反撃に出るのかと一斉に武器を構えた。だが予想に反し、その拳は塔の壁に振り下ろされた。


 「まお、まおうさま」


 「お、おい?」


 「まおうさま、まおう、まおうさままおうさまぁ!」


 ロイがたじろいだ。だがそれは、戦いに怖気づいた為ではなかった。


 よだれを撒き散らし、拳から血が吹き出すのにも関わらず、ヴァン・ノンは壁を叩いていた。幾度も幾度も、勇者たちなど一切眼中になく。


 「ど、どうしたのあいつ。この土壇場でおかしくなったの?」


 「そんな生易しい相手じゃないと、思いますが…」


 宿敵の狂態を前にしても、アレクは油断しなかった。この老人がこうして自分たちを油断させて、不意打ちを仕掛けてくることだってあり得るのだ。


 「まおうさままおうさままおうさままおうさまぁぁ!!ゆうしゃめが、ゆうしゃめが参ったのです。この私をしいすために!お助けを!お慈悲を!まおうさまぁ!!」


 それよりも気にかかるのは、今こいつが魔皇と呼んでいるその対象だった。


 この男は、今、この塔その物を――。


 『われ、なんであるか』


 ぎょろり、と。


 塔の壁に、巨大な目が開いた。

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