魔人に願いを

魔人に願いを

 もくもくもく、とけむりが立ち昇り、つぼの中から魔人が現れた。

 おいおい、マジかよと思ったが、どこからどう見ても見紛みまごうことなき魔人だ。日本のくせにアラビアンナイトのような格好をして、ムキムキのマッチョマンである。何でそんな壷が我が家に存在したのか理解に苦しむが、魔人が現れたとなればすることはただ一つ。

「願いを言え。一つだけ、叶えてやろう」

 魔人に願いと言えば三つが相場だ。一つだけというところがケチだと思ったが、迷わず俺は答えた。

「バレンタインにチョコがほしい」

 しばらく、魔人は沈黙した。

「……そんな願いでいいのか?」

「そんな願いとは何だ! 俺にとっては切実な願いなんだぞ!」

 俺は、拳を握り締めて力説する。

「この世に生まれ落ちてはや二十二年。迎えたバレンタインデーも今日で二十二回目。なのに! 俺は一度としてバレンタインにチョコをもらったことがないんだ!」

 もし、誰かが俺にチョコレートをくれたなら。俺は、喜んで三倍返しだって五倍返しだってするだろう。そのときのためにバイトで貯めた金を全部つぎ込んで、ホワイトデーには両手いっぱいのバラの花束をその子にプレゼントする。そしてその子は「ありがとう」なんて言って微笑んで、それから二人はラブラブ街道一直線に……。

 しかぁし! 俺にはそもそもチョコをくれる人がいないんだ!

「一度でいいから、バレンタインにチョコをもらいたい! 俺の願いを叶えてくれ!」

「そうか、わかった」

 魔人はうなずいた。

「ほれ」

 そして魔人は、チョコを残して去っていった。

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