瞬間移動

「ママ、タロウくんすごいんだよ。シュンカンイドウできるんだ!」

 幼稚園からの帰り道、ヒロシが、そんなことを言い出した。どこで瞬間移動なんて難しい言葉を覚えたんだろう、子供の語彙ごいは謎だ。いつも見ているアニメにでも、出てきたのかしら。

「あのね、ぼくがトイレにいったら、タロウくんがあとからきたの。なのに、キョウシツにかえったら、もうタロウくんがいたの。シュンカンイドウしたんだ」

(ははぁん……)

 そこまで聞いて、何となく見当はついた。

 多分、教室にいたのがタロウくんで、トイレにいたのは弟のジロウくんだ。この幼稚園に、タロウくんとジロウくんという双子がいる、という話は、他のお母さん方から聞いている。

 ヒロシとタロウくんは同じさくら組だけれど、ジロウくんは組が違う。我が家が引っ越してきて、ヒロシが新しい幼稚園に通い始めて、まだ日も浅い。ジロウくんを知らなくても無理はない。

 不意に、ヒロシが大声を上げた。

「あ、タロウくんだ!」

 横断歩道の前で、同じ年頃の男の子を二人連れた女性が、信号が変わるのを待っていた。男の子の片方が振り返り、「ヒロシくーん!」と手を振る。女性も振り返って、会釈えしゃくしてきた。

「あら、ヒロシくんのお母さんですか、初めまして。タロウの母です」

「こちらこそ、初めまして」

 近くまで歩いていって、もう一人の男の子に目をやった。

「あ、こっちは弟のジロウです。この子はれんげ組で」

(やっぱりね)

 そこには、タロウくんに瓜二つの男の子が立っていた。違うところといったら、名札の色くらい。ヒロシはびっくりして、目を丸くしている。

 挨拶しているうちに青信号になったので、タロウくん一家は渡っていった。一家の姿が見えなくなるまで、その場に立ち尽くしていたヒロシは、

「ママ……タロウくんって、すごいんだねぇ」

 ため息と一緒に、口を開いた。

「シュンカンイドウだけじゃなくて、ブンシンノジュツもできるんだね」

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