chapter03 「現金」として取り扱うもの

「美琴。それどうしたの?」


 私とお姉は、ある晴れた日の昼休み、けやき商の中庭でランチを楽しんでいた。


「これ?この前ファッション誌の懸賞に応募したら当たったんだ!「定額小為替 1,000円分」だって。いいでしょう♪」


「それは良かったわね。それで、いつお金に換えにいくの?」


「えっ、これってお店でお金の代わりに使えるんじゃないの?」


「使える訳ないでしょ!定額小為替や同じゆうちょ銀行が発行する「普通為替証書」といった「郵便為替証書」は、ゆうちょ銀行で現金に換えてもらわないと、コンビニやスーパーじゃ使えないわよ!」


「でもでも、この前の簿記の授業で便をするって、簿記の先生言ってたよ。だから、この「定額小為替」も、普通にお店で使えると思ってた。」


「簿記の世界では、銀行や郵便局に持っていくとすぐに「現金」にしてくれる紙切れ、つまり証券類は、全て「現金」として処理するルールになっているわ。これらの証券類を「」って呼んでるのよ。」


「通貨代用証券?」


「通貨、つまりって意味ね。お金じゃないけど、お金と一緒の価値を持っている紙のことよ。」


「なるほど。私が持っている「定額小為替」以外には、どんな通貨代用証券があるんだろう?」


「一番分かりやすく、簿記検定でもよく出題されるのが「」ね。」


「振り出したらすぐに「当座預金」を減らすっていう、あれのことね。」


「小切手を振り出したら、当座預金をすぐに減らす理由は何だか分かる?」


「小切手は、銀行に持っていけばすぐにお金にしてくれるから、小切手を振り出して相手に渡した時点で、いつ現実の当座預金が減らされても良いように、記録上の当座預金を直ぐに減らしておく…そうか!だから、他人が振り出した小切手を受け取っただけの時は、現金が増えるんだ!」


「「小切手で受け取った」なら「現金」を増やし、「小切手で受け取り直ちに当座預金に預け入れた」なら「当座預金」を増やす。ね。」


「確かに♪」


「私の同級生も、1年生の時に「小切手=当座預金」って固定概念が定着してしまって、いまだに現金って書かなきゃいけない仕訳でも、「小切手」って言葉が出てきたら、片っ端から「当座預金」って記入する友達がいるわ。」


「私も気を付けないと…ねぇお姉、他には他には?」


「銀行が発行する「」っていうのもあるわね。「郵便為替証書」の「銀行バージョン」って考えればわかるかしら?」


「意味は分かるけど、今はATMを使って振込をした方が便利なんじゃないかなぁ…」


「確かにそうね。でも、金額が小さくて不特定多数の申込者を郵送で受け付ける場合は、ゆうちょ銀行が発行する郵便為替証書の方が良いかも知れないわ。仮に振込で受付をしたとして、100円単位の振込が1000件とかあったら、通帳記入して代金の振込を一人ひとり確認するなんて手間がかかるもの。」


「確かに。郵送で送られてきた申込書と定額小為替を確認すれば、その場で代金受領の確認ができる、という訳ね。」


「他には、「」ってものもあるわ。」


「「領収書」って名前なのに、受け取ったら現金扱い?何か可笑しくない?」


「「領収書」って名前だけど、これも指定された金融機関に持っていくと、すぐに現金にしてくれるものなのよ。」


「会社の株を持っていて、その会社が「利益」を出した年に発行されるわ。

ほら、この前ランドの株主優待券を使って、家族で行ったじゃない!」


「あの時は楽しかったなぁ…黄色い大きなクマのぬいぐるみを買ってもらおうとしたら、ママが「高すぎるからダメ」って止められたっけ。」


「そうか…あの時パパが「今日はタダでここに来れて良かったね、ママ」って言ってたのは、そういうことか!」


「「配当金のお蔭で、お昼代もかかってないし」とも、ママは言ってたわ!」


「ランドに行く前に、株主優待券と一緒に、配当金領収書も送られてきた、ってことね。」


「あと、「」っていうのも、現金扱いになるわね。」


「公社債?」


「2年の簿記で勉強するんだけど、銀行以外からお金を借りる手段として、国が発行する「国債」、自治体が発行する「地方債」、会社が発行する「社債」っていうのがあって、これらをまとめて「公社債」と呼んでいるの。」


「発行された「公社債」の証券の下には、利払日が明記された「利札」っていうのがくっついてるの。これは「」とも言われてるけど、利払日を過ぎた利札は、切り取って金融機関に持っていくと、現金にしてくれるのよ」


「「クーポン」って、広告に折り込まれていたり、スマホのアプリにもある、あれ?」


「そうよ。公社債の利札は、新聞に折り込まれているクーポンをイメージした方が分かりやすいわね。チラシのクーポンは、有効期限までに切り取ってお店に行けば割引を受けられるっていうものだけど、公社債の利札は、書いてある日付を過ぎたら有効になるっていうのが、大きな違いね。」


「でも、チラシのクーポンって、見た時は覚えているから切り取って財布に入れといたりするけど、結構忘れて有効期限過ぎちゃうことが多いよね。」


「そうね。チラシのクーポンは「残念でした」で済むからいいけど、公社債の利札は、「ただの紙」が、日付を過ぎると「現金と同じ紙」に大変身するから、忘れないようにしないといけないわね。」


「なるほどねぇ。さて、この1,000円分の定額小為替、お金に換えたら何に使おうかなぁ…」


「美琴、そう言えばこの前本屋さんに行ってあなたがファッション誌や参考書を買う時、お金がないからって、1,000円貸したわよね?」


「えっ!?そ、そうだったけなぁ…」


「誤魔化しても駄目よ!私も忘れてたけど、もう返してもらう日、とっくに過ぎているわよね!」


「あ、あれ?そうだったっけ…そうだ!この後、私のクラス移動教室だったんだ…お姉、また後でねぇ…」


”スタスタスタスタ…”


「…真琴!今、美琴と一緒じゃなかったか?」


「…確かにさっきまで一緒に居ましたけど、逃げられちゃいました…」


「…」


「…」



 chapter4 に続く

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