chapter04 「掛取引」って何!?

 ある日の放課後、私と紗代はクラスルームで話をしていた。


「ねぇねぇ紗代。ネットで話題になってた、あのアニメ見た?」


「見た見た。声優さんが十数年ぶりに変わったって言う、あのアニメだよね?」


「そうそう。新しい声優さん、あんまり違和感なかったよね!」


「そうだね。でも「また「」で飲んでいらしたのですか?」っていうセリフは、前の声優さんの方がしっくり来てたかなぁ…」


「そうだね。そう言えば、あのアニメの中で「ツケ」って言葉が出てくるけど、一体どういうことなんだろう?アニメの中では、お金を払っている描写が全くないよね…」


「「ツケ」って言うのは、「後でお金を払います」って意味らしいよ」


「「後でお金を払います…」どっかで聞いたような………そうだ!!簿記の時間に出てきたんだ!」


「簿記の先生は、それを「」って呼ぶんだって言ってたよね…」


「商品を買った時は「」、売った時は「」を使うってことだったけど…」


「でも、今日の授業じゃそこまでだったよね。「掛」っていうものの詳細までは、触れていなかったし」


「うーん、気になるなぁ…何で「ツケ」じゃなくて「掛」なんだろう……よし、今日は部活休みの日だけど、ダメ元でパソコン室に行ってみようかな?」


「煉先輩を探しに行くのね。私も一緒に行くわ!」


「煉せんぱ~い♪」


 パソコン室の扉を開き、先輩の名を叫んでみたものの、返事はなかった。


「いないみたいね…」


「美琴さんに三枝さん。今日は部活は休みのはずですが…」


 パソコン室と扉一枚で繋がっている準備室から、白衣を着た若林先生が登場した。


「若林先生!実は、煉先輩に簿記のことについて教えてもらおうと思ったんですけど…」


「今日3年生は、新宿でやってる進路フェアに行っているから、学校には来ないと思いますよ」


「残念だったね…」


「…そうだ!若林先生!先生は「情報系」の授業を担当しているって聞いていますけど、「簿記」についてお聞きしても大丈夫ですか?」


「私も「商業」の教員免許状を持っているから、難しいことじゃなければ答えられると思いますよ」


「実は、簿記で「後で払います」っていう時に「掛」って言葉が出てきますよね。でも、昨日やっていた声優さんが代わったアニメの居酒屋さんの描写では、「掛」じゃなく「ツケ」って言葉が出てきます。なんで、簿記の世界では「ツケ」ではなく「掛」なんでしょうか?」


「なるほど…ひとまず、何故「ツケ」つまりは「信用取引」のことを「掛取引」と呼ぶようになったのかは、分かっていないのですよ」


「えっ!?そうなんですか?」


「言葉の由来は諸説あって「お金のやり取りが完了していない=やり掛けの取引=掛取引」とか、「回収できないかもしれない賭けの取引→転じて掛取引」とか」


「いずれにしても、商品をった時に発生するは「買掛金」、った時に発生するは「売掛金」となりますね」


「先生、私たち高校生の生活の中で、「後で払うから先に商品を下さい」って場面に出会ったことがありません。現実のビジネス社会で、掛取引って存在するものなんですか?」


「そうですね。私たち個人が「掛取引」を行うことは少ないでしょうね。その、声優さんが替わったアニメで出てくる飲み屋のツケくらいでしょう。それも、小さな飲み屋で足しげく通った常連でなければ、ツケで支払うなんてことは難しいでしょうね。ツケは、顔をよく見知った間で行われる「信用取引」ですから。」


「逆に、会社間の取引では、よく「掛取引」が行われています。私たちが店で購入するよりも遥かに量や回数、金額が大きくなりますから、ですからね。」


「確かに、その通りですね。」


「美琴さんと三枝さんは、「」といった仕訳をもう勉強しましたか?」


「はい。「備品100,000円を購入し、代金は翌月末に支払うことにした」という仕訳を、ちょうど今日勉強しました。


(借方(左側))備品100,000



(貸方(右側))未払金100,000


って仕訳になります。」


「「月末に受取る」の時は、「未収金」を使うんだよね♪」


「では、こんな仕訳はどうなるでしょうか?「商品300,000円を仕入れ、代金は月末に支払うことにした」」


「「月末に支払う」だから「未払金」?」


「でも、だから、「買掛金」?」


「美琴さんが正解です。月末だろうが翌月末だろうが、ですから、「買掛金」「売掛金」を使うんです。」


、ということですね。」


「そういうことです。問題文をよく読んで、、ということです。」


「先生、よく分かりました。」


「ありがとうございました♪」


「失礼します。」


「おや真琴さん。どうしました?今日部活はお休みのはずですが…」


「先生!美琴がここにいるって聞いたもので…」


「お姉!」


「三枝さん、こんにちは。美琴、さぁ帰るわよ。それから、今日こそ貸している1,000円返してもらうわよ。」


「美琴ちゃん、まだ返してなかったの?」


「…そうなんだ。お姉、分かった。」


「それじゃ先生、私たちはこれで失礼します」


「はい。3人共、気をつけて帰って下さいね」


「先生、また明日です」


”スタスタスタスタ…”


「…姉妹での信用取引は、なかなか難しいものがありますね…」



 chapter5 に続く

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