chapter01 「簿記」って何!?

「煉せんぱ~い!!」


 私は、嶋尻美琴しまじりみこと。都立けやき商業高等学校の1年生で、パソコン部の新入部員。


「美琴!どうしたんだ!?」


 で、この人は沢継煉さわつぐれん。3年生の先輩で、パソコン部の部長さん。私の片思いの相手でもある。


「ちょっと美琴!パソコン室じゃ静かにしなきゃだめでしょ!」


「お姉もじゅうぶん大きな声出してると思うけどなぁ…」


 この人は真琴まことお姉ちゃん。2年生でパソコン部の副部長を務めている。


「副部長の言う通りです。美琴さん、ここでは少し静かにして下さいね!」


「は~い」


 この人は鳳城亜美ほうじょうつぐみ。3年生の先輩で、パソコン部のマネージャー長。煉先輩の片思いの相手らしい。


「美琴さんは、いつも元気で大変よろしいですね。その元気さで、部の成績も良くなることを期待してますよ♪」


「先生…あまりプレッシャーかけないで下さいよぉ…」


 この白衣を着た先生は、若林先生。パソコン部の顧問を務めている。


「ところで美琴ちゃん、煉先輩に何か聞きたいことがあったんじゃないの?」


 この子は三枝紗代さえぐささよ。私のクラスメイトで私と同じパソコン部の新入部員。


「紗代!そうそう、忘れるところだったよ…」


「で、俺に何か用か?」


 私は「簿記Ⅰ」と書かれて教科書の最初の方のページを開いて、煉先輩に見せた。


「けやき商に入学して、初めて「簿記」って勉強をしているんですけど、なかなかこれが難しくって…」


「「簿記」の勉強は、商業高校の生徒の宿命だからな…俺も最初は戸惑ったけど、今は何とか授業にもついていけてるよ。」


「部長さん。そんな謙遜する必要ないです!普通は高校3年で勉強するはずの、簿記検定1級の会計・工業簿記両方とも2年の終わりに取得してますし、日商簿記も2級を取得していて、今年は日商簿記1級を狙うんですよね♪」


「真琴…余計なことを…」


「そうなんですか♪先輩、さすがです♪」


「(パソコンが早いだけじゃなくて、簿記も堪能だなんて…惚れ直しちゃう…)」


「ま、まぁ簿記部の連中には負けるけど、俺の分かる範囲内なら質問に答えてあげられるかもな…」


「先輩!ありがとうございます!!」


「で、質問って?」


「簿記って、一体何なんですか?私、学校の勉強って、何で勉強しなきゃいけないのかを理解できないと、頭に入ってこない人だから、簿記が一体何なのかを知っておきたくて…」


「学校の授業じゃ、最初そこまでは踏み込めないからな…」


「授業で、貸借対照表たいしゃくたいしょうひょうと、損益計算書そんえきけいさんしょが何なのか、は習ったか?」


「はい!貸借対照表が、で、損益計算書が、ですよね。」


「その通り。貸借対照表は、って言われてる。俺たちも、1年に1回健康診断を受けて、自分の体の状態を把握するだろ?」


「はい。その度にダイエットしなきゃなんで、あまりその時期は来てほしくないですけど…」


「(美琴がダイエット?しなくても十分細身だと思うんだが…)」


「先輩!何か?」


「いや別に。で、損益計算書は、と言われる。俺たちも各学期末に教科の先生から評価を頂いて、担任の先生から「通知表」をもらうよな。」


「はい!通知表が良い結果だと、嶋尻家では外食に連れていってくれます♪」


「(俺の両親は、成績が良くなっても別に何もしてくれないな…美琴の家が羨ましい…)」


「先輩!何か?」


「いや、何でもない。で、貸借対照表や損益計算書は、キャッシュフロー計算書・株主資本等変動計算書と合わせて「」、別名「」と呼ばれる。」


「「キャッシュ」は、日本語で「お金」、「フロー」は「流れ」って意味だから、キャッシュフロー計算書は、って事ですか?」


「その通り。会社に現金や現金に近いものがどの程度存在し、債務に対する支払能力がどの程度あるかを示している書類だな。」


「そこまで分かっていれば、「財務諸表」が何のため作成されるのか、分からないか?俺たちの「健康診断書」や「成績表」に興味を持つ人のことを考えてみれば分かると思うんだが…」


「私たちの「健康診断書」や「成績表」に興味を持つのは、入試だと入学する先の大学や専門学校のはず…ていうことは、会社の「健康診断書」や「成績表」に興味を持つ人っていうのは…会社の持ち主や、会社にお金を出そうと思っている人たちだ!」


「そうさ。俺たちが勉強している「簿記」は、「会社の持ち主」や、「会社に投資をする人」、これらの人を「会社の利害関係者(ステークホルダー)」と呼ぶが、これらの人々に対して示す「財務諸表」の作成に絶対必要な知識・技能なのさ。」


「確かに、会社に魅力を感じなければ、お金を出そうなんて私も思わないもんなぁ…」


「ちなみに、ゲーテってドイツの文豪を知っているか?」


「小説の「若きウェルテルの悩み」や「ヴィルヘルム・マイスターの修行時代」で有名な人ですよね♪」


「お姉!よく知ってるね!」


「ちょうど昨日国語の教科書に出ていたのよ」


「そのゲーテが、ヴァイマル公国、今のドイツの宰相を務めた頃、今俺たちが勉強している「複式簿記」を、国民の義務教育の一つに取り入れたそうだ。」


「ゲーテって、18世紀から19世紀にかけて活躍した人ですよね。」


「そんな昔から、簿記って存在するんだ!」


「そうなんだ。俺もここまで勉強して分かったことだけど、簿記は、商業高校の生徒に限らず、だと思う。自分の給料が会社にどんな影響を及ぼしているのか、会社の経費が会社の成績にどう影響しているのか、簿記を勉強しなきゃイメージができないしな。」


「なるほど!先輩、簿記を勉強する意味、よ~く分かりました♪ありがとうございます♪」


「先輩は、パソコンだけじゃなくて、何でも「すごい」人なんですね。私、尊敬します♪」


「(何だか、俺は「何でもできるすごい先輩」みたいな風になってしまったな…どんな質問がいつ飛んで来てもいいように、本当に日商簿記1級を取らなきゃかもな…)」


「先輩?どうかしましか?」


「いや、何でもない。俺も美琴に負けないよう、簿記をもっと勉強しなきゃと思っただけさ。また分からないことがあったら、いつでも質問してくれ♪」


「はい!ありがとうございます♪」


「美琴!先輩ばかり頼らないで、自分でも勉強しなさいよ!」


「は~い!」


 こうして、私と先輩(たまにお姉など)の、部活のスキマ時間を利用した簿記講座が始まったのだった。



 chapter2 に続く

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