第7話 鬼食いは京に侍る毒を食らう
赤(三毛)、黒(黒)、白(白)、青(錆)の四匹の猫を従えて平安京は清涼殿に暮らす主人公(祢子/ねこ)は、帝の食事の鬼食い(毒味役)。ある日ガチ毒に当たって鬼の間で寝込んでいると、医者でもない公達が入って来て、『毒が吸収されるだけだ』と薬湯を飲ませては吐かせるのを繰り返す。確かに気分が良くなってくるのを感じながら男の素性を問うと、帝の従兄だという。漢方薬に詳しく、解毒の知識はないが身体に吸収される前に吐き出させてしまえば良いと思った、苦しかっただろう済まない、とどこか人形のように整った顔立ちで無感情に言われ、私が毒味出来ない間の毒味に何かあったら同じことをしてやってくれと頼む。自分は良いのかと少し驚かれたが、どうせ天涯孤独の拾われた身、死んで助かる者がいるだけで十分だと話す。猫達が異様に懐くので悪い人間ではないと判断した。しかしそれにしても懐きすぎではないだろうかと思ったところで、男は懐からまたたびの木片を取り出し庭に投げやる。猫達がそれを追いかけていく中、赤だけが主人公の膝に残る。
お前は何者か、と赤に問われ、猫が喋ったことに驚きながらも、薬を盛ったのが自分だと白状する男。味噌汁に砂糖をちょいと混ぜると美味い、と言われ渡されたのが毒だった。と、男を狙って矢が射られる。黒が叩き落し庭から持って来るのを見て、呆気に取られる男。妖術使いか妖怪か? と問われ、ただの鬼食いだ、と答えると猫達はぽんぽんと焼き物の猫像になっていく。それから少し黙って、男は身分を隠していた、申し訳ないと謝る。実は自分は、帝の弟(春晃皇子/はるあきらのみこ/小春の君)なのだ。第一皇位継承者の。主人公はそんな所でしょうね、そんな綺麗な下したての狩衣を着ているんだから。滅多に着ないのでしょう、こなれていない。言われて弟君は赤面する。狩りは苦手です、と言ってぺこりと頭を下げる。
さてあなたに『砂糖』を持たせたのは誰なのか。自分が飲んだのは味噌汁だった。口車に乗ったが、鬼食いのしきたりを知らなかった事から殿上人ではないと知れる。毒に敏感に出来ている鬼食いの娘がいるとは知らなかった。これは帝を暗殺し第一皇位継承者に罪を擦り漬ける陰謀が動いている。第二皇位継承者は、と問えば、本物の従兄(斎藤高氏/さいとう・たかうじ)になると言う。そこから調べてくれ、自分はもう疲れた、と猫達を呼び出しばたんきゅーの主人公。布団を直して出て行く弟君。
どうやら公達の中に従兄を推す一派があると調べて来たのは三日目だった。よれよれの狩衣で最初の高貴感は全くない。一人でそこまで調べるだけでも大変だったのだろうが、正直情報が足りない。何処の誰が首謀なのか、と尋ねると、父の義妹の降嫁先の斎藤氏が祈祷に見せ掛けて帝を呪っているのではないか、と言われる。呪いなぞないわ、と鼻で笑う主人公に、しかしあなたの猫は喋るではありませんかと打ち返され、うぐぐ。まあその祈祷料で市井の民を雇い入れ清涼殿まで運び込む事は出来るだろう。そして毒を渡す。いまいち動機が不足しているな、と呟けば、斎藤氏はまじない師としてものろい師としても有名らしい、と言われる。持ってこられた茶。青、と猫を呼んで舐めさせると、猫は痙攣してひっくり返った。どうやら私も狙われる方になったようだ、と主人公。一度焼き物に戻してから毒を洗い流すと、あー死ぬかと思った、とまた喋る。
あなたは陰陽師か、これが式神と言う物か? と問われるも、清涼殿に猫達と一緒に捨てられていたとしか知らん、と答える主人公。その猫達も彼女が裳着を済ませると喋ったり置物になったりし始めた。自分の力は知らんが、と再び湯飲みに口を付ける。主人公。舌先だけ漬けて、危ないと止める弟君を無視してふむふむと口を漱ぐ。毒は以前と同じもの、おそらくはトリカブトだろう。あなたはいつもこんな危なっかしい事をしているのかと呆れる弟君に、でなければここにいる意味がない。意味がなければいられない。と答える。しかし同じ毒とは芸がないな。
乳兄弟に検非違使(井伊典正/いい・のりまさ)がいます、そちらからも調べてみますと言われ、やめておけと忠告。噂が一気に広がるぞ。ですが兄もあなたも自分は失いたくないのです、と言う弟君に勝手にしろと再び横になる。しかしそこらの公達がそう簡単に毒など手に入れられるか? 猫達を集めてひそひそ話をしてから彼らを野に放つ。斎藤氏周りで毒に長けた者はいないか。すると出入りの山菜商がトリカブトを持って来ているのに気付く白。急ぎ走るがその姿を斎藤氏に見られてしまう。暗殺を企てたのはお前だ鬼食い、と先乗りして来る斎藤氏に、弟君はまあそう言わずに茶でも一杯どうです、と意味ありげに茶を出す。うぐぅ~となっている斎藤氏に、男がすべて白状しましたよ、と鎌をかける。四匹の猫に襲われて重傷の男は、弟君が『砂糖』を貰った男で、山菜商だった。あまり身内を使う物ではありませんね。
隣の部屋から検非違使が立ち入り、すべてはあの鬼食いの所為だ、と喚く。ほんの少ししか入れていないのに、徐々に致死量にもっていくつもりだったのにと喚く斎藤氏に、んべっと舌を出す主人公。生憎毒には敏感なの。だからこその鬼食いだからね。てこてこと縁側から入って来る猫達に威嚇の後引っ掻き回される斎藤氏。と、とばっちりの検非違使。ぱんっと手を鳴らして止めさせてから、ぼろぼろの斎藤氏は連れていかれる。とばっちりを食らった乳兄弟の検非違使は、鬼より恐ろしいわいとからから笑って出て行った。
実は今兄の子供が三人同時期に生まれそうになっていて、自分の東宮としての地位は無くなりかけなのだと弟君は言う。斎藤氏は当然藤原氏の一派だ。自分と帝を一緒に殺して、子供が生まれる前に皇位を簒奪しようとしたのだろう。そうして狙うのは傀儡政治。嫌な世です、と何も入っていない、斎藤氏に出した茶を飲み、ふうと物憂げな顔をする弟君は、妙な色気すら感じさせた。
改めて、帝と自分を助けてくれたことに礼を言う弟君。飽き飽きしたように手を振り、さて明日からはまた私が鬼食いにならなければな、と笑う主人公。こんな目にあってまだ続けるおつもりか、と問われ、でなければここにいる意味がない。意味がなければいられないと繰り返される。ならばせめて私の食事の毒味をしては下さらぬかと言われ、いくら兄弟でも帝とあなたは立場が違う。今回の事のように少量の毒で一気に発作を起こせる自分が、一番向いている職はこれだ。これからは私も狙われる身となるだろうが、あなたもゆめゆめ気を付けられよ。まあ兼業なら、そちらの毒味もしてやろう。腹も減るしな。と、事実上の了承をする。
一週間ほどたったある日、立派な十二単が送られてくる。騒ぐ女房たちに多分弟君からだろうとぽろり漏らす。あら珍しい、女性にあまり興味のない方ですのに、と言う彼女たちは、折角だから着てみましょうと誘うが、きらりと光るものがあった。針だった。ぺろりと先端を舌に付けると、毒独特の味がする。ぺっと水で口を漱いで捨ててしまえと言う主人公。ぶーぶー言う女房たちに針を示し、毒針が入っていた。一本とは限らんと説明すると、走って来た弟君に私は贈ってなどいませんと弁解される。どころか自分も今襲われたのです、梨壺から清涼殿までの間に弓で射られた。赤が矢を叩き落し黒が犯人を追ってくれたが逃げられた。お前らそんなことしてたのか。お主の友人だからな。ならば犯人は。
検非違使と一緒にきぬかづき姿で猫達と歩いて行くのは斎藤氏の屋敷。ずかずか進んでいくのについて行く主人公。犯人は帝と弟君の従兄、高氏だった。あの鬼食いさえいなければ皇位は私の物だったのに。母を蔑ろに権力ばかり振るってきた藤原の本家など潰してしまえたのに。そこに猫達が十二単を上からかぶせて行く。もがいていたが、ある一点でぎゃあと叫び意識をなくす。やっぱり一本じゃなかったのね、検針ありがとう。と泡を吹く従兄とそれにそっと小刀を握らせ腹の辺りから裂くようにさせる仕種に、白がその腕に噛み付く。あなたも一派だったのですね、と悲しげに言う主人公。そして出て来る検非違使達と弟君。内裏に出入りし、子を産み東宮の乳母となった母は、しかし下級貴族の出だったため、天皇の寵愛は受けていたが周りからはあまりよく思われていなかった。自分は東宮になれない。ならばすべての候補を切り伏せれば良いと思った。それを、この鬼が。
それでも自分はお前を兄弟だと思っていたよ。逞しい兄だと。弟君の言葉に、げらげら笑う典正を縛り上げ、高氏には解毒処置をする主人公。友人も兄弟もないから解らない彼女に、典正は詰る言葉を重ねる。いっそ最初のあの時にお前が死んでいれば、と言ったところで弟君のビンタ。連れていけ、と命令する声はいつもより強い。二人を乗せて行く牛車と、歩く主人公と弟君。兄弟とはそこまで大切なのか、と問われ、大切です、と答える弟君。幼いころからずっと一緒にいた。とんとん、とその背を叩き、泣くことを促す。従兄達の二人の乗った牛車は、随分離れていた。
後日本当に申し訳なかったと謝りに来る弟君。まああなたには最初の毒から助けて貰ったから、恩返しみたいなものよ。言って主人公はお詫びとして持って来られたハチの巣付きのはちみつを食う。兄にあなたを女房にしてもらうよう頼み、私付きの女房になって欲しいのだが――と言いかける言葉をハチの巣でふさぐ。言ったでしょう、鬼食いでなければここにいる意味がない。意味がなければいられないと。まあ、たまに遊びに来てくれるなら、私は歓迎するわ。猫達から内裏の外の様子を聞くのも楽しいからね。自分も外にはあまり出ません、としょげる弟君。じゃあ昔ばなしでも聞かせてよ。私、実のところただの鬼食いだから帝と面識がないの。ぽかんとする弟君は、次の瞬間はいっと元気に返事をする。でも清涼殿の庭で貴女を見付け鬼の間を与えたのは兄だと聞いていますよ。乳母を宛がったのも。きょとんとして思い出そうとするが全く出てこない。
それにしても、鬼食いにはまず許されない贅沢ね、これって。解毒作用のあるハチの巣を舐めながら、主人公は笑った。そこに忍んでやってくる帝。妻達の父親が自分の孫を次の東宮にと煩いので逃げて来た。助けてくれ、春晃、祢子。猫達になごむ姿は、確かに、もしかしたらそうだったのかもしれない。裳着を済ませた娘を名前で呼ぶ、遠慮もせずに茶をねだる。御簾を避けて茶を出すと、弟君とよく似た。だがもっとほほんとした印象のある男が縁側で座っている。くふくふ笑いながら猫達をそれぞれに侍らせ、一人で一人の赤子を抱き合ってみる。見分けがつくように顔には丸やバツ、隈取などが書いてあるのが滑稽だった。さて、次の東宮は誰になるのやら。
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