第4話 手を取りあって

 昔あったとある事件から他人の声を聴くと錯乱する所為でヘッドホンの音楽で常に耳を塞いでいる西園慧天(にしぞの・えでん)とその幼馴染で唯一の翻訳者である本条静紅(ほんじょう・しずく)は中学二年生。夏のある日、相変わらず同級生にヘッドホンの事でからかわれていた慧天を得意の空手で助ける静紅。ヒーロー気取りが、と毒づかれるが当たり前のようにそうだと答え、一緒に校長室に資料を届けに行こうと手を繋いで廊下を歩いてると、音楽教師・河原崎水落(かわらざき・みずち)に遭遇する。あまりヘッドホンばかりしていると耳が悪くなる、大体何を聞いているの、とヘッドホンを取り上げられそうになって静紅の後ろに隠れる慧天。女の子の後ろに隠れるなんて、と呆れた様子で少しの小言を受けてから、校長室に向かう。返事がない。ドアを開けてみると校長の亀有勇作(かめあり・ゆうさく)が両目を突かれて死んでいた。警察に連絡する静紅と初動捜査をする慧天。凶器は鈍い棒状の物、いつもは眼鏡を掛けているはずだったがそれを外して机の上に畳んでいた、慧天が訝ったのは眼鏡。校長は確かに目が悪いが、よく見知った教師や生徒の前ではそれを外す。警察の突入。大人が来てくれたことに安堵する静紅だが、でかい声で話し事情聴取しようと慧天のヘッドホンを取ろうとしてくる刑事達。慧天の発作を防ぐため刑事の腕を捻ってから走って逃げる静紅達。本当にこっちの話聞く気あるの? むくれる静紅に、慧天は慌てる。あの人達、校長先生の眼鏡の癖を知らない。知るもんですかと怒りの収まらない静紅。警察ならきっと大丈夫でしょ。『今回は』私達が疑われてる訳でもないんだし。Look what they’ve done to my dream、と呟く慧天。いつも聞いているクィーンの歌詞の一説だった。彼らは僕の夢に何て事をしてくれたんだ。


 残りの授業をさぼって帰り着き、静紅の部屋で紅茶を飲みながら推理タイム。帰り際担任の保体教師・保志彦浮(ほし・ひこうき)がこっそり教えてくれた事には、今年水落が赴任してきた時から、二人は不倫関係にあったらしい。少しは謎に近付くか? ヒーローに名探偵。ニヤニヤしていた保志は二人のサボタージュをスルーして授業に向かって行った。校長先生の奥さんが復讐に来たのかな、と静紅は考えるが、凶器と眼鏡の謎は解けないし昼間の学校は不審者に厳しいと却下される。


 次の日、屋上から体育教師の長谷忠良(はせ・ただよし)が落ちて死ぬ。鍵の持っていたのは水落で、彼女は屋上にいた。事実鍵の指紋もほぼ水落の物しか出なかった。水落は屋上から誰かが落ちるのが見えたので上がって来たと証言。しかし慧天はそれを訝る。普通ならわざわざ鍵を取り出して階段を上がっていくよりも被害者の方に向かうんじゃないか? それに柵は高い。大柄な生徒や教師でも体育教師の長谷を突き落とせるかは解らない。


 同じ疑問を持ったのはその時職員室にいた保志。屋上の鍵は厳重にケースに入れられている。一時期あった自殺ブームの所為だ。それをわざわざ取りに行くのは変だよなあと言いながら、まあその辺の謎はお前に頼むよ名探偵、と慧天のヘッドホンを叩く。名探偵。嬉しくない浮名が付いたのは小学六年生の時に首を突っ込んでしまった事件の所為だ。


 小学校でウサギの脱走事件があり、飼っていた八頭すべてが野犬や野鳥に食われた。生徒達は生物係の静紅が小屋の鍵を閉め忘れた所為だと責め立てたが、彼女は鍵を閉じて先生に預けたと泣いて譲らない。静紅が疑われてるなら僕が助ける、と強気に出る慧天。鼻歌で綴るのはフラッシュ・ゴードンのテーマ。he'll save ev'ry one of us? と訊くとうんッと笑われる。僕が静紅ちゃんのフラッシュだ。(フラッシュ・ゴードン=アメコミヒーロー)英語の授業の影響で洋楽を聞くようになった慧天は埋められたウサギの死体を掘り返す。全てのウサギが一度刃物で急所を裂かれてすでに死んでいたことに気付く。そして野犬や野鳥が食べやすいように腹を裂かれて内臓が出ていることにも。ならば鍵を持っていたものが犯人だろう。それは鍵を預けられた教師だ。放課後の教室、その事実を突きつけると女教師は高笑いした。思わず手を取り合って逃げ出した慧天と静紅の目の前に、飛び降り自殺を図った教師が落ちて来る。悲鳴を上げてへたり込む静紅と助ける為に慌てて近付く慧天。その時に言われた言葉で、慧天は人の声が聞けなくなった。両親すらも。断片的にしか意味の解らない音楽だけが、その耳を癒してくれるようになった。唯一声を聴ける静紅に咽喉マイクを付けて貰ってヘッドホンでそれを聞き、通訳代わりになって貰っているのもその為だ。


 戻って、指紋の問題からしても屋上へ向かうドアを開けたのは水落に違いないとする慧天。だがそれなら長谷はいつどうやって屋上に上ったのか? 長谷と水落は一緒にいて、何かをしていたのではないか? 募る疑問を警察にぶつけようとするが、やはり子供に用はないとさっさと追い払われてしまう。子供が首を突っ込む問題じゃない。再びプンスカする静紅。学校内でも小学生の頃に解いた事件の事を知っているのは担任の保志だけだ。いっそばらそうか、と言う静紅に、慧天は首を振る。苦々しい表情に、ごめん、と謝る静紅。いい思い出じゃないもんね。


 仕方なく空き教室でペットボトルお茶会。水落が二人を殺したのならば確かに辻褄が合う、と慧天。校長が眼鏡を外したのは二人が深い仲だったから。鈍い棒の正体を問うと、Vサイン。指。音楽教師で爪は短いからすぐ血痕は取れる。夏だし服の袖は短い、それにあの日彼女は暗い色のワンピースを着ていた。汚れるのは手だけだ。近くの水飲み場で洗えばいい。長谷が殺された理由は? それはまだ、解らない。


 次の日選択授業で音楽室に向かう静紅。もし水落が犯人ならば何か手掛かりはないだろうかと窓を開けて風を通しながら音楽準備室で見付けたのは、一葉の写真だった。赤ん坊を抱いている無表情の少女。落とし物かな、と屈んだ所で窓から突き落とされる。空手部だったので受け身は取れたし三階だった事で全身打撲で済むが、背中を強く打って声も出ず動けない。静紅の忘れ物の筆箱を届けに音楽室に向かっていた慧天が、窓から落ちていく静紅を目撃する。二階の窓から飛び降りてその身体に触れる。脈があることにほっとしてから、携帯端末で保志に電話をする。静紅ちゃんが倒れてて、多分窓から落ちて、喉から血が出てて。要領を得ない泣きじゃくって過呼吸すら起こしかけた声に落ち着けと一発喝を入れる保志。今本条の一番近くにいるのはお前なんだぞ、と言われて、小学校の時を思い出す。あの時先生は駄目だった。助けられなかった。むしろ追い詰めて殺してしまったのは自分だった。今回は助けられる? ちゃんと静紅のヒーローになれる? 俺も急いで行くが、救急車は呼べるか? と問われてはいとしっかり答える慧天。119番。サイレンの音に空き教室を使って捜査本部にしていた刑事達も現れる。意識が朦朧としている静紅に写真を手渡された保志は、この子は、と驚いた顔を見せながら慧天と救急車に同乗する。


 静紅は幸い頭を打っていないから湿布を貼っていれば大丈夫だと言われる。マイクが壊れてその破片で浅く傷ついた首に包帯を巻かれている静紅を眺めながら慧天はヘッドホンを外し、静かな病室で写真の事を保志に訊ねる。中学の時の同級生で、二年の時に突然学校に来なくなっちまった子だ。赤ん坊は弟妹だろうか。しかし何故そんな写真が? 目を覚ました静紅に、音楽準備室で見付けたこと、その後に突き落とされたことを告げられる。ペットボトルで保志も交えお茶会。そこに警察がやって来て事情聴取。犯人の顔は見ていないと聞くと舌打ちされる。探偵ごっこがしたい割に詰めが甘いな。写真は敢えて出さなかった。相変わらずこっちの名前も聞かないのね、と溜息を吐く静紅。ネームプレートに名字は書いてあるじゃないと苦笑いの慧天。


 全治二週間の入院中、慧天は毎日放課後にやって来てはお茶会をする。また犯人が来ないとも限らないから、出来るだけ一緒に。ごめんね、私が慧天を守らないといけないのに。これじゃあの時と同じだ。また慧天から何かを奪ってしまう。その言葉に慧天はふるふると首を振る。静紅を助けられなかったのは自分だ。I'm taking my ride with destiny. Willing to play my part. メイド・イン・ヘヴンの一節。これが運命ならば、喜んでこの役割を引き受けよう。手を握り合う二人。


 入院の間に保志が写真を持って水落の両親に話を訊きに行くと、水落は十四歳の母から生まれ、乳離れしたところで自殺されていた。父親は解らずじまいだったが、当時彼女が所属していた部の顧問は亀有だったと言う。その事を保志が警察に告げた所、DNA鑑定が行われた。大人の言うことは聞くのね、とちょっと不機嫌になる静紅。仕方ないよ。


 静紅が退院して結果を聞くと、水落は亀有ではなく長谷の実子だった。そういう事かと呟いて学校に戻り、静紅と一緒に捜査本部にしている空き教室に向かう慧天。ヘッドホンを外してから刑事達と保志、そして腹を撫でさする水落に告げる。二年前の水鏡小学校の事件を解決したのが自分であることを初めて口にする慧天に、ざわめく刑事達。二人の本名を初めて聞き、関係者だったと知る。あの事件は危険だった。ノイローゼの女教師が学校にナイフを持ち込んでいた。幸い殺されたのは飼われていたウサギだけだったが。そして自殺した女教師。その事件に関わっている? やがて清聴の様子を見せる刑事達。何も言わない水落。黙って慧天のヘッドホンを見る保志。漏れ聞こえてくるのはキラー・クイーン。そこから漏れる言葉は、火薬かゼラチン? レーザービーム付きダイナマイト?


 水落の母と保志の同級生だった長谷は、亀有による暴行を知って混ざっていたのだろう。水落がどっちの子供かは解らない、しかし不倫する二人に新たな間違いが起こる前に真実を告げるべきだと、恐らく亀有と口論か揉み合いになった長谷は、そこで眼に指を突き立ててしまう。亀有は眼鏡は外していた。気の知れた二十年来の共犯者の前だったから。多分水飲み場にルミノール試液を噴霧すれば、手を洗っただろう痕跡が出て来る。新鮮な血痕より、ヘミンを形成しているような古い血痕の方が発光が強いから。一方で母の仇を取るため教師になった水落は亀有のみが母を凌辱していたと思い、彼を篭絡していた。長谷はひと気のない屋上に水落と上がり、すべてを告げる。そして飛び降りた。柵は自殺防止に高くて乗り越えないと落ちることはできない。たた゜自分で乗りえるなら体育教師には容易だ。水落が下ではなく屋上にいたのは、その所為だと。鍵は慌てて取りに行ったふりをしただけ。保志が職員室にいたのはそれを印象付ける都合のいい偶然だった。


 笑いながら、それで? と問う水落。私は何もしていない、誰も殺していない。静紅を突き落としたのはあなただ、とカマを掛けるが、でも彼女は生きてるじゃない。私の母と違って。と悪びれない。高笑いする水落に思わずヘッドホンを握りしめるが、堪える慧天。手を繋ぐ静紅。このお腹にはねえ、子供がいるのよ。誰に似るかしら。私? 母? あの男? 取り敢えず静紅に対する傷害容疑で緊急逮捕、手錠を掛けられながらも高笑いする水落に慧天は、はー、っと息を吐いてしゃがみ込み、結局ヘッドホンを被る。それにしても父親だったかもしれない人間と、と嫌悪感を隠さない静紅にそんな復讐もあるよ、と保志。生まれた子供に水に落ちるなんて名前、普通は付けないもの。もしかして先生、水落先生の母親が好きだった? と問うと、さてね、と誤魔化される。なんとなく慧天のヘッドホンを取ってみると、流れていたのはボヘミアン・ラプソディーだった。Beelzebub has a devil put aside for me。魔王よ僕から悪魔を取り除いてくれ。あの時の悪魔は、その耳から去って行っただろうか。


 静紅の家の庭でお茶会。小学校の時、飛び降りた先生に何を言われたの? 今まで聞けなかったことを、今だからこそ訊く。慧天は紅茶を一口飲んでから、ぽつりと呟く。『この人殺し』って。それは静紅のヒーローになりたかった慧天にとってショックだった。血が混じってピンクになった脳漿の飛び散った教師から発せられた言葉。自分は人殺しなのか。この人を殺したのは自分の言葉なのか。アップルパイを崩しながらそっか、息を吐く静紅。でも今回もあの時も、慧天は私を助けてくれた。私も慧天を守れるようにもっと強くならなきゃ。ぐちゃぐちゃのアップルパイが乗った静紅の皿を自分の皿と取り替えて、静紅ちゃんの作るアップルパイは美味しいね、と笑う慧天。こうしているだけで十分、僕は救われてるよ。その頭にヘッドホンはない。少しずつ外の音を耳に入れていく。サスペンスドラマはまだ見られないけれど。アップルパイしかまともに作れなくても? 苦笑いする静紅に慧天は大真面目に答える。甘い愛に種類は関係ないよ。カインド・オブ・マジック、魔法のようなものさ。

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