第6話「決意」

カフェでフェリジアに手合わせをお願いされた僕は、それを了承しプレリュードにある訓練所に移動した。その訓練所はとても大きく、現実の世界で何度か行ったことがある東京ドームほどの大きさだった。着けていた眼鏡を整えながら、その景色を一望する。


「これが訓練所…大きいな…」


フェリジアが腕を組みながら、建物の上にある大きな看板を見上げる。


「だろ?この世界のある訓練所の中でも随一の規模を誇るプレリュード訓練所だ」


心配そうにローゼがこちらを見つめてくる。


「…シノさん、大丈夫なんですか?フェリジアちゃんとの手合わせをするなんて」


「大丈夫、何とかできますから」


とは言っても、この世界に転生してから数回だけしかアマテラスとハデスの力を扱ったことがないので、正直とてつもないほど不安だ。どうやって戦えば良いのか教えてもらいたかった。


ここでアマテラスのあの言葉が脳裏をよぎる。


“それは強大なものじゃ。扱いには絶対に気を付けるのじゃぞ―――”


この都市に向かうときに使ったときに、力のコントロールが難しく転んでしまったのを覚えている。下手をすれば自分の身を滅ぼす、または相手に向かって使えば手合わせの相手を殺してしまうこともあるのかもしれない。流石にそんなことにはならないように慎重に戦う姿勢を取りたい。


「この訓練所の中に自由に使える対戦用のフィールドがあるんだ。そこで手合わせしようぜ…手加減はしないぞ」


フェリジアは後ろを振り返り、手合わせを楽しみにしているようにニカッと笑顔でいる。


「分かった、全力でいこう」


今、自分にできる範囲でやるしかない。そう思いながら訓練所の中へ足を運んだ。





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対戦フィールドに着く。そこには広めの円形ステージが5つあり、周りには観客席もある。既に円形ステージで対戦をしている人々もおり、観客席にも数十人座っていた。外見からして全員冒険者だろう。


隣に立っているフェリジアが対戦フィールドについての説明をし始める。


「冒険者学校でも対人戦の訓練を、この対戦フィールドを借りて行ってたんだ。学級で来たときは観客席に生徒たちが座って応援するんだぜ」


「なるほど…対人戦のルールってどんな感じなんだ?」


フェリジアが右手を出して、まず人差し指を立てる。


「1つ、お互いに武器を一つ以上は持つこと」


そして順番に指を立て、説明する。


「2つ、ステージの場外に出る、もしくは戦闘不能になったら負けとなる。3つ、正々堂々と戦うこと!だな」


「分かった」


「2人とも、やりすぎないように気を付けてね…」


ローゼが心配そうに声をかける中、フェリジアは陽気で笑顔のままだ。


「大丈夫!もし怪我をするぐらいになったら、その時はローゼが回復してくれるさ!開始コールも頼むぞ」


「もう…」


「じゃあシノ、やるぞ」


僕とフェリジアはステージに上がり、互いに対面する形で立つ。ローゼは観客席へ移動し、座っているが不安気な表情だった。


神紋章しんもんしょうを持っているなら、その力で戦えるはず!シノの今の強さを見せてくれ!」


フェリジアは勢い良く腰に携えていた短剣たるナイフを2本取り出し、両手に逆手持ちで構え始めた。それに合わせて、僕も背中に背負っていた片手剣を金属が擦れる高い音を鳴らしながら取り出し、右手に構える。


「…正々堂々と戦うよ、フェリジア。よろしくお願いします」


一度の静寂の間。そして、ローゼが杖を挙げ、大きく前に振り―――


「始めっ!」


戦闘開始の合図。その刹那、フェリジアがこちらへ瞬く間に近づきナイフを振り出す。片手剣でガードし、ナイフと剣がぶつかり合った高く鋭い音がフィールド内に響き渡る。ガードしたは良いが、フェリジアが押す力が想像以上に強い。剣を両手で握り押そうとするが、押し返すことができない。


「ぐっ…強い…」


「今の詰めが見えるのは中々だ…なっ!」


フェリジアは押さえつけていた大きくナイフを振る。その力に押され、片手剣が弾かれて大きく後ろに仰け反ってしまった。足を引き、後ろに何歩か移動して体勢を立て直す。


「フェリジアの力も想像以上だ…驚いたよ」


「ありがとうな、まだまだ行くぞ!」


再度フェリジアがこちらに距離を詰める。あの力の強さではこのままだと場外に押し切られるのもままならない。


使うんだ、力を。僕は剣を握っていた右手に少し力を込める。


「くらえっ!」


フェリジアが両手のナイフを振りかぶろうとする。そのタイミングで、叫びながら相手のナイフを弾くように片手剣を左下から上へ振った。


「ハアッ!!」


「なっ…!?」


金属がぶつかり合う甲高い音と右手に迸る衝撃、痛み。


それとともに起こった状況に、僕は愕然とした。


フェリジアが大きく飛ばされ、地面に転がり落ちていた。ステージの場外になるギリギリの場所で何とかフェリジアは踏みとどまっている。


「…くっ…ナ、ナイフが片方欠けた…!?」


フェリジアが右手に持っていたナイフを注視すると、明らかに半分ほど先が欠けている状態になっており、それに驚愕していた。たった一撃でナイフの金属を破壊し、人を大きく吹っ飛ばせるほどの威力になるとは。


「いっ…」


右手の掌に鈍痛が走る。右手を見ると、手の甲の紋章は光り続けたままだが、内出血を起こしたかのように剣を握っていた部分が赤く腫れ上がっていた。アマテラスが言っていたように、扱いには十分気を付けろと言ったのはこういうことだったのか―――


少しだけ力を入れてコントロールしたつもりが、強すぎる衝撃に身体が耐えられずに負傷する。強大な力が故のリスクだ。どの程度力を入れたら良いのか、探りながら戦うしかない。


僕が戸惑っている中、フェリジアはすぐさま起き上がり、右手に持っていた欠けたナイフを捨てて腰に携えていたもう1本のナイフを構えた。


「やっぱりその神紋章の力は本物みたいだな…危うく場外に出てしまうところだったよ」


「フェリジアちゃん!今の大丈夫だったの!?」


ローゼが観客席から焦っているように声をかけた。


「大丈夫だ、ナイフが1本やられただけさ!」


フェリジアは姿勢を低くし、先ほどと同じようにこちらへ距離を詰める直前の動作をし始めた。僕は再度片手剣を前に構える。


どうする、もう一度アマテラスの力で弾くか。でも力のコントロールをまた誤れば、右手の負傷が広がってしまう。


ならば次はハデスの力で“回避”をすれば―――


左手に力を入れ出す。次第に全身が軽くなったような感覚が広がり始め、少しだけフェリジアの動きが遅く見えるようになった。


予測するんだ、フェリジアは自分から見て左に両方のナイフを構えながらこちらに来る。これは左から右へナイフを横薙ぎする動作だ。


「せえあっ!!」


フェリジアがナイフを振るタイミングで右足を踏み、右側に避け―――


「おわっ!?」


「なっ、早い!…って…アレ?」


物凄い勢いで移動してしまい、体勢もコントロールできずに転んでしまった。地面にヘッドスライディングをかましながら場外ギリギリのところで何とか止まれた。


「いてて…」


戦闘に不慣れなせいで心の余裕が無く、それが要因となって力を入れすぎたのか。


アマテラスとハデスの力の効果は分かり始めているのに、強大すぎて自分の身体が許容できない状況。現実の世界でもっと運動しておけば良かった。何とかコントロールできるまで鍛錬しなければ。


「…大丈夫か、シノ…物凄い早さだったけど」


転んで足を痛めてしまったため、ぎこちない起き上がり方をしながら心配そうな目線を送っているフェリジアの方を振り向く。再度片手剣を構え、ずれていた眼鏡も整え直す。右手の掌がまだ少々痛むがここは我慢だと自分を励ました。


「大丈夫、少し力の扱いを間違えてしまっただけだよ」


「神紋章の力は扱い方が難しいみたいだな…ここからは私も魔法を使うぜ…!まだまだ行くぞ!」


フェリジアが両手に持っていた2本のナイフを投げた。ナイフはステージの中心辺りに刺さった、と認識した瞬間にナイフから青色のオーラが放たれた。何か来る。


「氷よ、力を示せ!オフェス・リオート!!!」


フェリジアが魔法の名称を叫び、ナイフから大きな氷柱ひょうちゅうがこちらに迫ってきた。これが魔法か、と驚くのも束の間、氷柱はもう目の前だ。


意識だ。もっと力を小さく、コントロールする意識、イメージを。


「くっ…ハアッ!!」


両手で握った片手剣を横に振りかぶり、迫ってきた氷柱に応戦する。瞬く間に轟音とともに氷柱は粉砕し、冬のような冷気が吹き荒れた。今度は両手の掌に痛みが走る。


「氷柱を粉々にした…!?」


ローゼが観客席から驚いた声を上げた。観客席の方から何人かのどよめきも聞こえる。


フェリジアも目を見開いて驚嘆していた。


「オフェス・リオートを一撃で打ち消した…何つー力だ…凄いぜ」


周りに少しだけ目線を送る。これまでの戦いを見ていた、もしくは音でこちらの戦いを見始めた冒険者の人々が数十人観客席に集まっていた。こんなにも見られることがあるのか。


魔法を打ち消したは良いものの、両手の掌がほぼ腫れ上がり始めている。意識はしたが、それでも強すぎたようだ。痛みで片手剣を握るための力が入らない。このままだと武器を握れず応戦することができなくなってしまう。


「くそ…どうしたら…」


「立ち止まってていいのか!オフェス…ライジング!!」


フェリジアはこちらに距離を詰め、刺さっていたナイフを即座に取ってこちらに氷の斬撃を繰り出してきた。


「…っ!!」


何とか左に避けるも、これもハデスの力が強すぎたのか大きく移動してしまう。足を踏ん張り、今度は転ばずに体勢を立て直していけそうだ。


しかし移動した弾みで片手剣を落としてしまっていた。フィールドに片手剣の金属音と、氷の斬撃が地面に当たる斬撃音が鳴り響く。フェリジアの方は煙が立ち上っており、姿が見えない。


「今だ…はあっ!」


フェリジアは煙を全て吹き飛ばし、こちらに素早く詰めナイフを振りかぶろうとする。


まずい、片手剣は持っていない。体勢も完全ではない状態で応戦するのが難しい状況。


どうすれば良い、どうすれば―――




「…アマテラス、力を……貸してください」




無我夢中に右手に力を込め、握り拳を作った。右手の紋章が大きく光り出す。そう、あのプレリュードに向かう途中に実践した“衝撃波を起こす”動作を、今この時に。


フェリジアがナイフを振った瞬間に体勢を低くし、懐に入る。


“これは童のの内、第二の力。大きな力を生み、それを攻撃として繰り出す―――”


「なっ…」


『“一閃いっせん”』


フェリジアに向かって直接は殴らず、拳を真っ直ぐ振った。


衝撃波ととも、突風が起こる。フェリジアが宙に浮き、吹き飛ばされた。


「おわあっ!?」


フェリジアはそのままステージの場外に飛ばされ、地面に足を付けるも観客席とフィールドを分け隔てた壁にぶつかった。


一時の静寂。ローゼが戸惑いながらも、結果の言葉を発した。


「…フェ、フェリジアちゃん場外…!シノさんの勝利です!」


おおーっ、と観客席の冒険者の人々が感嘆の声とともに拍手をした。それと同時に“何だよ今の…”“凄いなあの剣士”などの話し声も聞こえてくる。


「勝てた、危なかった……いっててて…」


低い姿勢だったのを元に戻し、右腕にかなり大きな痛みがあるが勝てたことにまず安堵した。損傷を受けて腫れ上がり、裂傷も多くなっていた右腕を見やる。あの一撃もやはり強大な力を使っていたがために、手だけでなく腕までやられてしまったのだろう。


あの拳を握りしめた一瞬、アマテラスの声が聞こえたような気がした。そして無意識に技の名も言っていた。


「一閃…」


右手の紋章は光り続けていたが、徐々に光が消えていく。左手も同じように紋章の状態は元に戻っていた。


「おぉーい!何だよ何だよ今の!」


紋章を見ている間に、向こう側からフェリジアの声と轟音が―――と思った直後にフェリジアが目の前までひとっ飛びし、いきなり僕の左手を握って詰め寄ってきた。完全に目も羨望しているような目で輝いている。突如な状況に僕は非常に焦ってしまった。


「ちょっ、フェリジア!?」


「今の凄かったぞ!武器無しで衝撃波撃ったんだよな!B級やA級の冒険者でもできるのが珍しい芸当だぞ!なあなあ、どうやってやったんだ?」


「あ、あの…フェリジア…とりあえず一旦離れて…」


フェリジアがどんどんこちらに寄ってくるせいで、身体の一部が当たっていた。目のやり場に困るというどころか、もうどうしたら良いのか分からなくなっていた。


フェリジアはハッとした表情をする。すぐさま僕から離れ少し赤面の顔をしていた。


「ああっ、ごめんごめん…つい凄いもん見ちゃったせいで」


「2人とも!怪我は大丈夫ですか!?」


ローゼが観客席から降り、こちらに走ってきた。


「まるでB級以上の戦いを見てるみたいでした…と、それよりも二人とも擦り傷が酷いですよ!特にシノさんの右腕…!傷だらけで腫れ上がってる…!」


僕とフェリジアの姿を改めて見ると、誰から見ても腕や足に擦り傷が数多く付いているのが分かるほどボロボロだった。


「うわっ、その右腕大丈夫か!?何でそんなことに…」


「我慢してるけど結構痛いんだ…さっきの一撃が強すぎて、あっだだだだ」


時間が経つにつれて鈍痛から鋭い痛みに変わり、程度が増していく。痛みに耐えきれず、かがんでしまう。まるで骨折したかのような痛み、どころかこれは骨にも影響は出ていると思えるほどだ。


ローゼがすぐに僕の方へ近づき、右腕に両手をかざす。


「大丈夫です、私が治しますから…治癒神の祝福を、サナーレ・リア」


ローゼの両手は治癒の光であろう白いオーラを発した。僕の右腕にそのオーラが集まり、光で満たしてゆく。次第に右腕の鋭い痛みが引き始めた。光が消えると、右腕は何の傷も無い完全な状態に回復していた。現実の世界では絶対に有り得ない光景に、思わず言葉を発してしまう。


「これが回復魔法…初めて見た…」


「初めて見たんですね…。全身の傷も治しますから、動かないでくださいね…」


引き続き、光が多数の擦り傷や左手の腫れなどに集まり、右腕と同じように治癒されていった。フェリジアにも回復魔法が施され、2人とも傷の無い万全な状態に戻ることができた。


「ありがとうなローゼ、いつも治してもらってばかりで」


フェリジアが自身の頭を手でモシャモシャしながら苦笑いの表情をしていた。


「大丈夫よ、私はヒーラーの役目を果たしているだけだから」


ローゼが全ての治癒を終えた後、笑顔で回復魔法についての説明をしてくれた。


「こんな風に、私の回復魔法は外傷や骨折まで、致命的なものでない限りは治すことができるんです。もしこれから依頼をこなしている間に魔物と戦って、傷を負ってしまった場合は私が全て治しますから…安心してください」


天使か。言ってしまいそうになったが、何とか心の中で言うだけにしておき、立ち上がって礼をした。


「ありがとう」


「いえいえ、シノさんの戦っている姿を見てたら、本当に真剣で助けてあげたく…あっ!やっぱり何でもないです!」


「そ、そうか…」


「はい、何でもないです………」


ローゼは何回も両手を降っては首も横に振り、その後両手で顔を隠した。その様子を見ている間に、フェリジアがこちらに握手を誘った。


「気になることは沢山あったんだが聞く前に…良い戦いだったよ、お前は絶対にこれから強くなれるぜ」


フェリジアは陽気な笑顔を見せてくれた。あの力の強さ、素早さ、氷の魔法。あの強さでD級ということは、それ以上の冒険者ランクへ行くのは相当難しいものなのだろう。


僕はフェリジアと握手を交わし、笑顔を返す。


「良い戦いだった…これからはフェリジア、ローゼも共に冒険する仲間だ。一緒に強くなろう!」


「ああ、もちろんだ!」


「はい、シノさん!」


フェリジアとの戦いを通して、2人の神の力で最初からチートのように戦えると思っていたのが甘かった。


強大な力を発動することはできても、今まで現実の世界で平凡に暮らしていた普通の人間が使えば、相応のリスクが伴ってしまう。右腕がほぼ裂傷し使えなくなってしまうように。アマテラスのあの言葉は、そういう意味だったのだ。


僕はこれから、冒険者として様々な困難に出会うはずだ。依頼をこなすことはもちろん、アマテラスとハデスの力のコントロール、身体能力の鍛錬、冒険者ランク昇格への試験、課題は盛り沢山だ。


でもパーティーに入れてくれたこの2人となら、絶対に乗り越えて強くなれる。


僕は胸に決意を抱いた。強くなってやる、魔王を倒せるような“チート”と言える強さまで。と。

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