第3話「冒険者」

異世界“ダーアンファング”に転生され、

ワープした先はファンタジー世界ならではの景色が広がっていた。


そして、近くには大きな城が建つ都市があり、僕は道なりにその都市に向かって歩いていた。


「そういえば、手荷物と服装…おお…」


僕は自身が着ている服装をじっくり見た。

神界にてハデスから説明を受けた通り、愛用の眼鏡はしっかり掛けられており、服装は冒険者らしいものだった。胸や足に軽い金属防具、薄手のパーカー。パーカーは現実世界で着ていたものがファンタジー風にアレンジされている。全体的に紺色っぽく、派手ではない服装だ。


手荷物は腰にポーチが巻かれており、その中には地図、この世界の通貨であろうメダルが沢山入っている財布、眼鏡ケース、身分証明書のようなもの…など、この世界で生きていくには欠かせないものが入っていた。


右手を背中へ伸ばすと、片手剣を背負っていることに気が付いた。剣の握りを持ち、凛とした高音の金属音を鳴らしながら鞘から抜く。これも鋼で出来ていて、少し重く思えたが十分戦えそうな片手剣だった。アクションゲームのような動作を軽く行い、剣を振ってみる。


「これでモンスターと戦うんだな…」


戦った経験はもちろん無いため、何かしらの方法で訓練しなければならない。

最近はちゃんとした運動もしていなかったので、まずは身体から鍛え始めようかと考える。


剣を鞘にしまい、再び歩き出そうとしたが一つ思いついたことがあった。


「2人の神の力…どんな力なのか内容を聞いてなかったな」


アマテラス、そしてハデスの力を授かり、両手に紋章が刻まれたわけだが、肝心の力の内容が分からない。あの2人の様子を改めて思い出すと、少し焦っているようにも見えた。説明しようと考えてはいたが、話し忘れてしまった、という感じだろう。


使い方は聞いていたので、その通りにまずは右手に軽く力を込めて念じてみる。すると、右手の紋章が淡く光りだした。


「これで“使っている状態”なのかな…よし」


力を入れたまま構える。力を溜めているような高音が鳴り、紋章が光り続ける。このまま右手でパンチを繰り出す。


ブンッ、という音と共にかなり強い風圧が起こり、前方の草が舞い上がった。


「うおっ、凄い…力を増幅させるような感じだ」


次に左手に力を込める。紋章が黒く光り出すと身体が段々と軽くなっていく感覚を覚えた。試しにその場でジャンプすると、自身の身長分の跳躍ができた。


「身体能力を上昇させるのか…!これは色々活用できそうだ」


アマテラスの力は、腕から増幅した力を放つことができる力。ハデスの力は、基礎的な身体能力を上昇させることができる力だった。単純だが応用が効く。使いこなせば、すぐに【チート】並に活躍できるようになるとワクワクした。


また様々な動作をしてみたが、ビームを放ったり剣気を放ったりすることはできなかった。この世界の魔法のようなものはこれから

覚える必要があるらしい。


左手に力を入れ続けながら、まだ一つ試したいことがあった。中学の頃、陸上部に所属していて短距離走者として大会に出続けていたことがあり、100mは11秒台を出していた。これで全力疾走するとどうなるのか。


そのまま道のりに沿って走り出してみると、とても驚く内容だった。


「待って待って、速い速い速い!?」


今まで経験したことの無い速さで疾走することができた。100mの9秒台だとか、そういう次元ではないくらいに速い。このままだと止まれず向こうの岩に激突…マズい。


「ヤバいっ!止まらな…ぶおぁっ!?」


無理をして身体を横にし、両足を前に出して止まろうとしたが速さのあまり足が耐え切れず、前のめりに転んでしまった。そのまま野球選手がベースへと全力でスライディングする如く、ズザーッと滑っていき、何とか岩の前で止まった。


「…いてて……まずは力の扱い方と身体を鍛えることから始めないとだな…本当に」


幸い何も怪我はしなかったが、あまりの速さに恐怖感も感じてしまった。力をむやみやたらに使わないことを肝に銘じておき、服装からついた砂をはらう。


改めて、僕は都市へと歩き出した。




---




東(イースト)大陸、一番の主要都市“プレリュード”。

人口の多くはヒューマン族だが、エルフ族、ケットシー族、ドワーフ族など、世界の全種族が共に住んでいる都市。この近辺は、この都市の城を所有しているヒューマンの国族“スカラルア家”が支配しており、その国王陛下が中央大陸にある連盟を立ち上げた人物の息子である。


国として『共存共栄』を誰よりも重んじるように政治を行っており、とても平和な都市になっている――――


と、持っていた地図に日本語で補足説明が載っていた。しかしながら、この地図をよく見ると読めない文字ばかりだ。これもまた異世界転生によくある『異世界の言語が読めない』というパターン。実際に直面すると、勉強しなければ生活に支障が出ることになるので少々気怠くなる。


バックの中に、もう一つ小さな手帳のようなものがあることに気が付き、これを取ってはパラパラと見てみる。何と、この異世界の言語を日本語に訳した辞書だった。この文字はひらがなの『あ』にあたる、という風に丁寧に書かれている。


こんなにも道具を準備してくださるとは、とても感謝しきれないほどの親切さだ。もう一度、2人の神に心の中で感謝した。


「凄いなぁ…これがファンタジー世界か」


都市に入り、まずは公園のような場所でベンチに座って休憩していた。地図や辞書を読んで異世界についての知識を増やそうとしていたところで、都市の町並みを見渡してみる。一度は行ってみたかったファンタジー世界の町が目の前に広がっていた。


洋風かつ少し古いような建物。そして様々な種族の人々が楽しそうに会話をしている風景。会話をよく聞いてみると、話している言語は日本語に聞こえた。文字は違えど、発音は一緒らしいのですぐに慣れそうだ。


商人が市場で物を売っていて、小さなドラゴンが馬車で荷物を運んでいる。時には魔法で屋根の上を素早く飛んでいる冒険者の姿も見られた。


こんな世界のゲームを現実世界で何度もプレイしていたからこそ、今見ている景色がたまらなかった。感動に入り浸っている中、ハッと重要なことを思い出す。


「まず冒険者としてギルドに申し出なきゃならないパターンか…冒険者ギルドを探そう」


町の地図もしっかりとポーチの中に入っていたため、それを取り出し現在位置とギルドの場所を見つける。僕はこれから素敵な冒険者仲間との出会いがあるだろうと期待しながら、ベンチから勢い良く立ち上がる。


左手にほんの少しだけの力を入れて、冒険者ギルドへと走り出した。




---




“プレリュード冒険者ギルド”。辞書を見ながら、そのように読めた大きな建物を見つける。建物の周りにも、冒険者らしい人々がグループになって話しているところを見ることができた。


「ここか…さぁ冒険者になるぞ」


建物の扉を開く。建物の中には、想像していた通りの冒険者ギルドがあった。

多くのテーブルを囲い、冒険者たちが木製のジョッキを片手に会話で盛り上がっている。そして向こうには幅がとてつもなく広い受付があり、受付嬢が冒険者と依頼について話していたり、書類を処理する仕事を手早く行ったりしていた。


まずは空いている受付に行き、とても笑顔で明るい印象の受付嬢が声をかけてくれた。


「いらっしゃいませ!プレリュード冒険者ギルド受付嬢のレイナです!…もしかして冒険者の登録をなされる方でしょうか?」

「えっ、あっはい!そうなんですけれども、何故冒険者登録をしようとしていたことが…」

「冒険者の方は、必ず冒険者ランクが記載されたバッチを左肩に付けているんです!これは連盟から全世界で義務付けられていることでして…

貴方はバッチを付けていませんでしたので、新しく登録する方だと分かりました」


なるほどバッチか。後ろを振り向き、多くの冒険者の左肩を見やる。確かに皆、ランクに応じたバッチを左肩に付けていた。これで冒険者かどうか判断できるし、こういう目印はなくてはならないものだ。


「そういうことなんですね…ありがとうございます、では冒険者の登録でお願いします」

「かしこまりました!では“ファングカード”の提示をお願いします」

「ファングカード…」


ここで身分証明書のようなカードがポーチにあったのを思い出し、それを取り出し受付嬢に提示した。


「ありがとうございます!…確認致しました、“シノ・コーセガル”様ですね」

「あれ?」


何とファングカードに記載されていた名前は【シノ・コーセガル】。僕の本名は【戸瀬川 紫乃(こせがわ しの)】だ。恐らくこの異世界に合わせて名前が変わっているのだろう。違和感は多少あるが、変な名前にはなっておらず苗字だけ変わっている状態だったので、問題はない。


「…どうかなされましたか?」

「ああ、すみません!そうです、“シノ・コーセガル”でお願いします」


このまま異世界で生活すると元々の本名を忘れるかもしれないから、後で手帳にメモしておこうと考えた。


「かしこまりました、では今から冒険者登録の魔法契約を行わせていただきます」


受付嬢がそれらしい機械を棚から取り出し、僕の前に置く。すると機械が青い光を放ちながら手をはめることができるような形に変形した。魔法の機械か、と僕は眼を見開いて感嘆した。


「こちらに左手をかざして下さい。かざしましたら、貴方が冒険者として相応しいかどうか魔力の判定がされます。もし光が強くなり始め、

左肩にバッチが付きましたら、その瞬間から貴方は冒険者です!」

「分かりました、では…」


魔力に関しては、二人の神の力があるはず。それを信じて、そっと機械に左手をかざした。かざした瞬間、機械の青い光が強まり左肩へと光が集まっていく。甲高い音と共に、左肩に「E」と書かれた冒険者バッチが生み出された。


「おお…バッチが付いた…」

「おめでとうございます、これから貴方も冒険者の一員です!!」


受付嬢が大きな声で祝いの言葉を述べた後、何とギルド全体の冒険者の方々から拍手が巻き起こった。


『おめでとー!』

『これから頑張ってな!』


「ワオ……あっ…ありがとうございます…」


こんなにも祝われるとは思っていなかったので、少し恥ずかしくなって頭をかいてしまった。でも、冒険者となったことを実感することができた。


異世界“ダーアンファング”での僕の冒険者としての物語が今始まった。

少しだけ両手を握り締めたら、微かに『頼んだぞ、頑張れ』と二人の神の声が聞こえたような気がした。


あの二人なら、今でもそう応援してくれているだろう。

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