第2話「転生」

ここは神界。決して、夢の中ではない。


僕は戸瀬川 紫乃。

ごく普通の生活を送っていた高校2年生だった。


今、僕は目の前にいる神、天照大御神とハデスという謎の組み合わせの二人に頼み事をされている。『異世界へと転生し、その世界の魔王を倒す』という、考えられないよう頼み事を。



---



「異世界の魔王を倒す……魔王を倒す?」

「そうじゃ。魔王を倒す、それが私達からの頼み事じゃ」


とんでもないほど、王道で大ごとな頼み事で思わず復唱してしまった。読んだことのある数々のライトノベルにもそういう無茶な展開は幾度となく出る。いざ自分がその展開を体験すると、その場では困惑するしかなくなるようだ。


しかしながら、何故僕が魔王を倒す役目を持つことになるのだろうか。転生する先の異世界には、もっと強い英雄のような人物だって存在しえる。そちらに頼むのが目的への近道になるはずだ。何かれっきとした理由が…


「何故僕が、と思っているじゃろう」

「……その通りです」


アマテラスが近づき、心配をするように僕の顔を覗き込みながら核心をつく言葉を言い放った。神だからこそ、読心にも優れていることが分かる。


「こんな大掛かりな頼み事をされては、誰もが固まるものじゃ。今からしっかりと異世界について、君を転生される理由に説明をする。ハデス君」

「おう」


ハデスが魔法らしきものを繰り出し、地面に世界地図のような図が描かれた。


これが、転生する先の異世界の地図。

アマテラスがもう一度、真剣な目で僕の顔を覗き込む。


「聞いてくれるか」


ここまで来たら、応えはただ一つ。


「はい、お願いします」




---




異世界、“ダーアンファング”。

それは剣術と魔法と、様々な不思議たる力に満ち満ちている世界。

12種の種族が、『北(ノース)』『南(サウス)』『東(イースト)』『西(ウェスト)』『中央(セントラル)』の、5つの大陸で暮らしている。


72年前までは、種族間の争いは絶えなかった。

その後、ヒューマン族の努力により、種族間全てが同盟を組むことに成功。中央大陸には連盟施設【ファング・セントラル】を設立。争いを行わず、これから永遠に共存共栄を目指すことを誓い、全種族が平和に生活を送っていた。


しかし、63年前に突如として世界を支配しようとする『魔王』という存在が現れ、各大陸にモンスターが多数出現した。全世界が混乱を極める中、連盟は『冒険者』のギルドや制度を創立し、各種族の国に軍を立ち上げることを要請した。勇気ある者達が冒険者・軍人となり、モンスターを討伐する動きが始まった。次第にこの職業が脚光を浴び、世界が協力し『魔王討伐』が連盟の目標となった。


この世界には、【神】も明確に存在している。12の神が魔王の存在に気づき、既に実力ある者に力を与え、力を得た者は英雄たる存在となっていた。その者達を中心に、今まで≪3回≫もの魔王討伐大戦が繰り広げられていたのだが――――――



『魔王は討伐できなかった。』



魔王の力が徐々に強大になり、その世界の12の神々の力ですら対抗することができない。そして、私達神々は世界に姿を現して直接干渉することもできない。モンスターは冒険者達が討伐し続けているが、そのモンスターも力を増し続けている。


このままでは、この世界の平和、力の均衡は崩れ落ちる。そして、魔王に支配されてしまう。




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「お願いだ、魔王を倒すために力を貸してほしい。とダーアンファングの神々が別世界の神々に頼んでいたのじゃ。そこで私達は、その頼み事を引き受けて、私達の代わりとなる君を送り出そうとしているのじゃ」


如何にも、世界を危険な状態から救うという内容だった。神が関わってさえも、討伐することができない魔王。そんな強大な相手を、僕は倒さなければならない。説明を聞いているだけでも、少しの絶望と焦燥感が掻き立てられた。


「……僕を選んだ理由は何なんですか」

「…素質と、運命じゃ。今はそれしか言えん」


何か物事を隠しているかのような表情。素質と運命とは一体どういうことなのか。アマテラスにまた問い詰めようとしたが、恐らく教えてくれないと思い、何も言わないことにした。


ハデスが指を鳴らし、地面に描かれた地図を消した。


「今、君には剣術を扱う力も、魔法を扱う力も、持っていないだろう。だから私達2人は、君に力を授ける。天照大御神、そしてハデスの力だ」


僕には何も力が無い。さっきまで存在していた現実世界は、魔法という力なんて無い。この状況から、僕が魔王を倒すために必要なことは、ライトノベルのように力を授かること。


「…分かりました。2人が、僕に力を与えてくれるんですね」

「そうじゃ。今から“君の手”に力を宿す」


アマテラス、ハデスが近づき、手の紋章を光らせる。アマテラスは右手を。ハデスは左手を光らせた。


「手を前に出すのじゃ。もしかしたら、強大な力で手に痛みが走り、眩暈を起こすかもしれん。」

「覚悟の上です」


僕はすぐに両手を前に出した。力を持てるのなら、その分我慢はしなければならない。2人がそれぞれ僕の手に、紋章を光らせた手をかざす。紋章の光は、徐々に強さを増していた。


「行くぞ」


瞬間的に目の前に光と闇の閃光が走り、瞬く間に電撃のような轟音が鳴り響いた。両手に一瞬だけ激痛が走る。


「……っ!!!」


僕は目を思いっきり閉じ、歯を食いしばった。予想以上の痛みが手どころか腕にも走り、気を失いそうだったが無我夢中にその場に立ち続け、体制を崩さなかった。


光が消え、両手の甲を見る。


「これが…」


そこには、アマテラスとハデスの手にあった紋章が黒く刻まれていた。右手はアマテラス、左手はハデスの紋章だった。アマテラスが僕の右手を優しく握る。


「よくぞ耐えた、これで君には力が授けられたぞ」

「…ありがとうございます」


この2人の力はとてつもなく強大なものだろう。まるで【チート】のように、異世界で無双できる展開が待っているのかもしれない。そんな風に上手くいってほしいと願った。


「よし、これで転生する準備はできたな」


ハデスが轟音と共に地面にワープゲートのような穴を開いた。


「転生したときには、ダーアンファングの通貨、服装、武器、地図、そして愛用していた眼鏡は持たせた状態にする。このワープゲートの先が異世界だ。目覚めれば何処かの都市の近くに辿り着くだろう」


いよいよ異世界転生。力を授けられ、異世界で生きていく。緊張や期待、様々な感情が沸き上がった。


アマテラスが僕の手を離し、右手の紋章を光らせた。そのとき、僕の右手の紋章も共鳴し、白く光り出していた。


「手に力を入れて念じれば、私達の力は発動できるぞ。ただそれは強大なものじゃ。扱いには絶対に気を付けるのじゃぞ」

「分かりました、気を付けます」


力を入れすぎると、周りに思わぬ被害が出るのだろう。転生したら、まずは力加減を試そうと心得た。ワープゲートのすぐそばへと歩く。


「…頼まれたからには、何とかやってみます。2人の願いが叶えられるように」


アマテラスとハデスは静かに微笑んだ。


『頼んだぞ』


僕はワープゲートへと飛び下り、真下へ一直線にダイブした。




---




次第に視界が暗くなり、身体がフワッと仰向けになりつつ背中側から柔らかい風が当たる。

背中に草が触れる感触と共に、視界が明るくなった。


広がるのは、綺麗な空色の大空。起き上がり、周りを見渡す。緑一面の草原と山、そして大きな城が建っている都市とそこへ繋がる道があった。


まるでファンタジーの世界の景色だ。いや、これは本当に異世界に転生されたんだ。


これからどんな物語が待ち受けているのか。楽しみで胸が膨らむ。

僕は、都市へと歩き出した。

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