ぼくらの異世界は、アマテラスとハデスと何処までも。

夜野朝都

第1章「ファースト・グロウス」

第1話「頼み事」

「…夢の……中…?」


見渡す限り、周りは雲と青空と太陽が綺麗に映る景色。足元を見るとガラス張りになっている床の下に、また雲が見える。まるで雲の上にいるかのような感覚だった。


現実の世界では考えられない光景に、これは夢の中だろうと思っていた。


でも、それにしては夢の中だと気付いているのに意識がハッキリとしすぎている。何度かこんな夢を見たことがある。これは明晰夢。夢を見ていると自覚していながら見る夢、だろうか。


何かしら行動すれば、普通に布団の上で目が覚めるだろう―――


そう考えている最中だった。


上から2つの人影が現れ、僕の前方に勢い良く着地した。その勢いで強い風が吹きつけ、そこら中に煙が散漫する。あまりの風の強さに腕を前にして身をかがめた。


それから10秒ほどで、煙が徐々に晴れてくる。


前方を見向き、着地した2つの人影の正体を見たとき、僕は目を見開いた。


左側の人は神々しく光を放つ装飾と和装を着た、狐耳が生えている低身長の少女。右側の人は黒ずくめの衣装で、闇を放っている渋い男性。明らかに普通の人間ではない。ということが一目で分かった。


ただアニメっぽい夢を見ているだけだろう。そう。これは夢なんだ。後にそれは違うことが分かるというのに、この時はそう思っていた。




---




時は遡り、夏休み最終日の夜。



高校の夏休みの宿題が全て終わったことを確認してから、スマートフォンを布団の上で、深夜まで弄り倒していた。


「明日から学校か、朝早くから起きるのが嫌だなぁ」


高校2年生である僕は、24日間の夏休みを自分なりに満喫していた。


夏休み中は宿題と勉強を計画的に進めながら、週3日の新聞配達のバイトをしたり、生徒会の仕事であるボランティア活動をしに行ったり、ハマったスマートフォンのゲームをやり込んでは、そのゲームのキャラをパソコンでイラストとして描いたりしていた。


ネット上で話題となったライトノベルも、今まで以上に沢山買っては、読み込んで。一度家族で、温泉旅行にも行ってきた。


かなり充実してたけど、もっとやりたいことはあった。一部の外国みたいに休みが長くなってほしい。せめて、せめては1ヵ月間。と、やるせない気持ちになっていた。


スマートフォンの上部の、現在時刻を見る。午前0:25。


「流石にそろそろ寝るか、7時起きだしな…」


スマートフォンのアラームを午前7:00にセットし、枕元に置く。そして付けていた眼鏡を外し、机の上に置く。仰向けになって布団をしっかりと被り、目を瞑る。


学校、また頑張っていこう。そう心に決めて眠りについた。




---




そして、夢の中。


「誰だ…?」


前方にいる変わった姿をした二人をじっと見ようとする。明らかにアニメで出るようなキャラクターを実態にしたような人だ。少女は普通に可愛くて、男性はダンディーで渋く、並んでいるときのギャップが凄い。と考えているのもつかの間。


夢の中だと気づいていれば、大体半ば強制的に目が覚めるはず。これは本当に夢の中なのか。でも、目に見えている景色は現実の世界で見ているかのような綺麗さ。意識もハッキリとしすぎている。


自分の頬を右手でしっかりつまみ、思いっきり引っ張る。痛みはしっかりとあった。


「覚めない…」


もっと力を強めて引っ張る。


「ぐぐ…あれ、覚めない…?」


有り得ないぐらいに強く引っ張っても、痛みが生じて目が覚めない。夢の中であればすぐに目が覚めるはずだし、痛みも無いはず。


傍から見ると変な行動をしているかのように頬をつねっていた僕に、前方の左側にいた少女が、低く、挑みかけるような声で話しかけてきた。


「少年よ」


「は、はい!?」


話しかけてきちゃったよ―――

と、驚きと焦りで返事の声が裏返り、身体を思いっきりビクッとさせてしまった。その反動で、当たり前のようにかけていた眼鏡を落としてしまった。


「そう焦る気持ちも分かるが、ここは夢の中では…少年?」


「待って、眼鏡、眼鏡、眼鏡どこ…」


そう、僕は眼鏡がないとほぼ視界がぼやけて何も見えないほど視力が悪い。夢の中でもそうなるとは思っておらず、落とした眼鏡を必死に手当たり次第に探すが全然見つからない。


「そうか、目が悪いのかお主…」


そこに少女が近づき、眼鏡を拾って僕にかけてくれた。


「ほれ」


「あ、どうも…っ!?」


眼鏡をかけ、視界が鮮明になった時に目の前の少女の顔の近さに驚く。整った顔に、赤色の美しい目。女性と話すことにあまり慣れていない僕には、見続けることは難しかった。すぐに後ろに引き、心を落ち着かせる。


少女は背伸びをした状態からテトテトと体制を戻し、首を傾げる。


「どうした、少年」


「いれ、何でもないです…」


焦っていたせいで、ナチュラルに噛んだ。かなりの冷や汗が出てくる。

しかし、少女は高笑いをした。


「はっはっはっ!面白い奴よのう!お主を選んで正解じゃったわ」


「え、選んだ…?」


「そうじゃ、童達は少年を選んだのじゃよ。頼み事をするために、じゃ。そして、夢の中ではない此処、神界に呼んだのじゃ。元々君がいた世界とは、別の世界なのじゃよ」


ここは夢の中ではない。そしてここは神界。別の世界ということか。最近いくつか読んでいたライトノベルで良くあるパターンだ。少しライトノベル的展開を体験してみたいなと冗談交じりで思ってはいたが、実際に体験すると何も言えなくなる。


「そんなの、まるでライトノベルの世界の話じゃないか…嘘だろ」


小声でボソッと呟いた。

女性はその言葉を聞いた後、真剣な表情に変え、手を顎に当てて考え込む表情をする。


「ライトノベル…知っておるぞ。確かにこれから君に話すことは、君がいた世界のそのライトノベル、という物の内容みたいなものじゃろう」


話の内容って何だ。異世界転生か?それとも神になってしまうパターンか?何かしらの力を得て、また現実世界に戻るパターンか?知ってるライトノベルから、起こりえることをいくつか思い出していた。


というか、ライトノベルを知ってるのか、この異世界人らしき少女は。


様々な想像が頭の中を駆け巡る。


待てよ―――――

もし、本当に夢の中ではないのなら現実世界の僕はどうなったんだ。ただ寝ていただけのはずなのに、気づいたら此処にいた。ライトノベルでよくある話だと、現実世界では「死亡した」という状況になる。となると、睡眠中に何かあって急死した。と考えられるのではないか。


でも今、こうして「神界」と言われる場所で、意識がハッキリとしていて普通通りに生きている。いや、これが普通通りとは言えないが。


誰でも、こんな状況に立たされたら混乱はする。でもここは少し冷静になって、向こうの話を聞いてみるのが良いかもしれない。現実世界で僕がどうなったのかも知りたいし、これからどうすればいいのかも聞きたい。


慎重になって、少女に話しかける。


「現実世界の僕は…死んだんですか、それとも意識不明の状態とか…ですか」


「細かいことは言えん…しかし、私達の力で君の意識をこちらに移し、肉体も全力を尽くして複製した、というのが事実じゃ」


「………」


やはり。睡眠中の身体に、何らかの出来事が起きたのは間違いないということだ。でも、こうなってしまったのなら切り替えるしかないな。そう心に決めた。向こうからの話、頼み事を聞こう。


「とりあえず、今の状況は呑み込めました。そちらの頼み事を、聞きたいです」


前方の右側にいた、黒ずくめの男性から低音が利いた、渋い声でこう言った。


「決心がついたようだな。私達、神からの大切な頼み事を聞いてくれるな」


「はい」


男性の姿と声からして、かなり屈強な印象だった。けれど、少女と同じように、僕には真剣な目をしているように見えた。神からの大切な頼み事。恐らくとても大掛かりなものだろう。一層真剣な表情にならなくては、と思った。


しかし、ここで一つ気になることが出てきた。

「神」って言ったのであれば。もしかして、2人は神々の者なのか。


「けど、その前にお一つ気になることがあるんですが」


「何じゃ?」


少女が、首と耳を少し傾ける。


「お二方は何者なんですか」


前方にいた2人がハッとした表情をする。そして、さっきまで真剣な表情だった少女の顔がまた緩みはじめ、男性の方はため息をついた。


「ほら、アマテラさんからまず言うはずだったのに」


「先にするはずだった自己紹介を忘れてしまうなんて…申し訳ないのじゃ、ハデス君」


綻んだ微笑みの顔を見せた少女。現実世界では見たことがないぐらいに可愛い…じゃなくて!少しの間、見とれてしまった僕は首を振る。


アマテラさん?ハデス?

ハデスは、神話で聞いたことがある冥府神だ。本当に神なのか。


「すまんのう、少年」


「ああ、いえいえ!やっぱり、こう突然の予想だにしていない出来事が起きると、おどおどしてしまって…」


「人間はこんな状況に立たされると誰もがそうじゃよ、焦ってしまうのは仕方がない。気にするでないぞ」


男性の方も、先ほどの真剣な表情は崩れ、左手を口に当ててあくびをしていた。


「アンタがノリに乗って先に世界の説明しだしたからだろ…俺も忘れてたけどよ」


「ちょっとだけ私寄りのせいにしないでほしいのじゃ!」


少女が男性に向かってプンプン、と怒った様子でいた。ケフン、と少女は咳払いをして、胸に右手を当て、晴れた表情で自己紹介を始める。


「私はアマテラス。天照大御神じゃ。日本の始祖神だから、聞いたことがあるじゃろ」


「ア、アマテラス!?日本神話の!?」


「そうじゃ」


あまりにも有名すぎる神の名前が出てきて、驚きを隠せなかった。見た目が少女なのにそんなのアリか。確かにハデスと呼ばれていた男性は『アマテラさん』と呼んでいたのも、アマテラス、だからか。


男性の方も、左手を胸に当て、しっかりとした礼をする。


「私はハデス。冥府の神だ。いつもは冥府の管理の中心役をしている」


「ワオ…」


やっぱり、ハデスだった…けど日本神話とギリシア神話って!揃えてないのか!と心の中で少しツッコミを入れてしまった。しかし、冥府神として知っていたのでまた驚いた。アマテラスとハデス、明らかに有名な神の2人が、僕に何の頼み事をするというのか。


「お主は、戸瀬川 紫乃(こせがわ しの)君。で良いんじゃな」


「えっ、は…はい!」


この後、自己紹介をするつもりだったが、やっぱり向こうは神だ。名前や姿を知ったうえで、ここに呼んだのだろう。


「改めて、君に頼み事じゃ」


アマテラスとハデスがまた真剣な表情へ変える。


このとき、2人の神の背後の景色は太陽が光り輝き、雲の影は黒く濃く染まっていた。切り詰めた空気に、僕は真面目な表情にならざるを得なかった。


どんな頼み事なのか。


固唾を飲み、また色々な想像が頭の中に浮かんでくる。


アマテラスが、僕に頼み事の内容を告げる。


「君には、異世界“ダーアンファング”に転生してもらい…」


「私達、2人の力で」


神の2人は片手を前にかざし、手の紋章を光らせた。アマテラスは右手を。ハデスは左手を。


『“魔王”を倒してほしい』




「………は?」




それはとんでもないほど、王道で大ごとな頼み事だった。



アマテラス、そしてハデスの2人の神。

異世界、“ダーアンファング”。

2人の神の、力。

そして、魔王の討伐。


これは夢の中だと思っていた。

でも、これは夢じゃない。現実に巻き起こっていることなんだ。


僕、戸瀬川 紫乃の異世界での物語は、こうして始まった。

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