エピローグ 今ここは、現世界。そして……
第498話
世界樹の広場で繰り広げられた大我とラントの決闘から二日後。
既に修復を終えたラントは、アリシアと二人で、現在自室のベッドで安静にしている大我に会いに来ていた。
仰向けになって身体を沈めている大我は、ところどころにあざは見えるものの、どうやら問題なく元気そうな様子だった。
「よう、見舞いに来てやったぜ」
「こうした側が見舞いとか言うなよ……いてて」
「俺だっておんなじような状態だったんだからな、おあいこだ」
悔恨なく、お互いに素直な気持ちで話している様が、その声色からよく伝わってきた。
それぞれに戦いの中で思うことも、思い通りにいかなかったことも間違いなくあったはずだが、あの勝負は二人にとって満足の水準に達するものなのだと、はっきり言葉に出さずとも、後ろ暗さのない表情にそれが現れていた。
「んで、あとどれくらいで動けるようになんだよ? せっかくだからさ、あの勝負のこと、二人に直接聞いてみたいんだ。飯を食べながらな」
「あと二日は安静ってとこだなー。いやーひでえもんだったよ。骨何本も折れてるわ内蔵やばいわで、よくあんだけ耐えられたなーって思うぜ。本当はもっと何ヶ月も安静にしてなきゃダメだけど、ラクシヴのおかげで大部分の怪我は治せたけどな」
「…………正直、もうお世話になりたくないけど」
大我の顔が、まるで舌が根元からもげそうな程に苦い固形物を食べたかのような顔に変わった。
大我は決闘の後、一度病院へと運び込まれ、現在の状態を検査。本来は全治3ヶ月程度の怪我だと判定されたが、そこにラクシヴがやってきて、よりスマートなやり方に変わった治癒方法で彼の身体を治した。
初めてそれを行った時は、全身を肉塊に戻して大我を包み、遺伝子を完全にコピーして治療したが、それから練習を重ねたのか、手で患部に触れて具合を検知し、本来の状態を認識してから元通りになるようにイメージ、それに合わせて治していくという方法に変わっていた。
『うおおええええええ……ぐうう……がっ…………おええええええ…………』
だが、やり方がスマートになっただけで、元の身体が拒絶反応を起こすのは変わらず、一度死んだも同然だった状態から復活した時程ではないものの、結局大我は治されたか所からとてつもない不快感と痛みを覚え、苦しむことになった。
結果、完全回復とまではいかずに、ある程度のところまで治したところで、あとは安静にして治療するという方向で落ち着いたのだった。
「相変わらずすげえ声出してたもんなお前。陸に上がったナマズみてえだったぞ」
「お前もそのナマズになってみるか?」
相変わらずの大我とエルフィの言い合いに、ああこれならもう大丈夫そうだなと安心した二人。
と、そこに、綺麗に切り分けられて皿の上に乗せられた、オレンジソースをかけた鶏むね肉のソテーとパンを、お盆に乗せて持ってきたティアが入ってきた。
「大我ー、お昼ご飯できましたよー」
「ああ、ありがとうティア……悪いな」
「別に気にしてないですって」
殆ど動けない分、食事などの面倒はエルフィやティアに手伝ってもらっていた。
このメニューは、エルフィが早く治るようにとタンパク質などを重視して頼んだものでもあった。
「じゃ、俺らはそろそろ行くわ。狭い部屋に何人もいても動きにくいしな」
「別に大丈夫だよラント、何人いても気にしないし」
「いいんだよ。大我の顔見られりゃよかったしな」
元々の目的も達成し、ライバルが無事な姿を確認できて満足したラントは、そのままアリシアを連れて部屋を去っていった。
大我達はまだ別にいてもいいのにと思っていたが、無理に引き止めるのも悪いと思い、そのまま手を振って一旦別れた。
二人と一匹になったところで、ふとティアが、疑問に思い続けていたことを切り出す。
「そういえば……結局、二人はどっちが勝ったの?」
「えっ、なにが?」
「あの場だと、結局決着はつかず引き分けだって言われてたから……二人だったら、どっちが勝ってたのわかってるのかなって」
観客側の視点では、二人は同時に倒れ、どっちが先に倒れたのかも判断できないわからずじまいの状態で、区切りがつけられていた。
今でも、一部の者の間では、どちらが勝利したのか、大我では、ラントでは、いやいやあの通り引き分けだという意見が飛び交っている。
ティアも、そのわからなかった側の一人であり、故にその勝敗の結果が気になっていた。
これは、彼女が勝負を楽しみにしていたからというわけではなく、あれだけ戦いあった上で何か悔いが残るものがあったのではないか、という心配からのものだった。
大我はそれに対し、少しだけ笑ってみせた。
「……ああ、決着はついてたよ。間違いない」
その疑問は、アリシアの方も抱いていた。
フローレンス邸を出てからの道中、彼女も同じような質問を投げかけたが、ラントは軽く笑いながら答えた。
「決着はついてた。それはあいつも同じでわかってるだろうよ」
「なら言えばよかったんじゃねえか? みんな結局わからないまま話題にしてるし」
「………………いや、ここは言わないでおく。いずれそういう気になったら話すさ。ああいう場を用意してもらってはいたけど、こいつは、俺とあいつの勝負だったからな」
二人は共に、この勝負の結果は自分達の中にしばらく秘めておくことを決めていた。
それは次に戦うときまでの感情の宝石。この結果が、お互いの胸の中に残り、より心を燃やしてくれる。
大我はその結果に納得しつつも、今動く右手は、密かに力強い握り拳を作っていた。
ラントは全てを晴らしたような後腐れのない雰囲気を出しているが、その奥にはまた、新たな課題と目標、この戦いで納得できなかった部分への不甲斐なさ、そして結果への誇りを抱いていた。
「………………次は負けねえよ、ラント」
「………………次は勝ちを叫んで勝ってやるよ、大我」
二人はいつか来ると確信している未来へ向けて、小さな声で、新たなる二人だけの闘いの時への宣誓を、心の中で掲げたのだった。
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