第497話

「どっちが降参するか徹底的にやろうじゃねえか大我!!」


「上等だ!! 俺は絶対に降参しないからな!! お前が降参するまで最後までやってやるよ!!」


 顔に互いの拳が同時に当たりながら、己を高揚させるような啖呵を切ってみせる二人。

 拮抗した状態が、空いた互いの右脚を上げて膝蹴りを叩き込む。


「げほっ……げほっ…………うおりゃあああああ!!!」


「ぐあっ……ぐっ…………のやるぁあああああ!!!」


 大我の予測通り、グランドシンパスには制限時間があり、それはもうとっくに過ぎていた。

 また発動するには、再び相応の長時詠唱が必要になるが、もうそんな時間も余裕も無い。大地からの手助けが行われる気配も、もう無い。

 だが、今の二人にはもうそれは、過ぎたことでしかなかった。

 組み合ったと思えば顔に頭突きをかまし、追撃しようとしたら足元がよろけてしまい、その隙に脇腹にハイキックを叩き込み、追撃のストレートを叩き込む。

 今にも倒れそうだという雰囲気が何度も出てくるが、気力で全身を踏ん張らせ、タックルをぶち込み、ふらついた空きにスレッジハンマーを叩き込む。

 目まぐるしく動いていく二人の攻防。そこには魔法のやり取りや、細かな技術の応酬も殆ど見られない。

 まるでそれは、年頃の少年達の意地の張り合った喧嘩だった。

 その二人の姿を、彼らの戦いを見る観客は、盛り上がるのではなく、ただ黙ってその戦いの行方を、固唾を飲んで見守ることしかできなかった、


「あいつらすげーよ……もう倒れてもおかしくないのに」


「………………」


 アリシアは、そんな二人のどこまでも固く崩れない意地の強さに、とにかく驚くしかなかった。

 ティアもまた、二人の戦いの行方をじっと、目に焼き付けていた。


「ああいうものだよ。絶対に負けたくないって気持ちがああさせるんだ。全力を出して負けたなんて、そりゃ全てを出し切れて悔いはないと言う人もいるけど、悔しいものは悔しいからね」


「どんだけやられようが、考えてたことが不発に終わろうが、最後まで立ってた奴の勝ちだからな。あいつらの気持ちは、そこまで強えってことなんだよ。『負けたくねえ』ってのがな。俺もそうだからよくわかる」


「意地ってえのは、それだけでなんでもできるもんだからな。だからこそ、意地と意地のぶつかりあいはこうなんだよ」


 エヴァンやアレクシスや迅怜、他にも彼らの戦いを見守る、二人の友や深い繋がりを持った人々、戦いという物をよく知る者達も、皆がそれぞれの気持ちを抱きながら、この戦いの結末を見届けようと、決して目をそらさずにいた。

 倒れるかと思えば何度も踏ん張り、手足も頭と肩も、なんでも使って殴りに、叩きに、投げに、蹴りに行く。

 疲労もダメージも既に限界を超えている。スピードも明らかに遅くなっているが、二人の反応速度も落ちており、喰らうか受け止めるぐらいしかできなかった。


「頑張れ……大我……!」


 エルフィもまた、壁を背もたれに動かない身体を支えながら、二人の行方を見守っていた。

 少しだけ、なんとか右腕を動かして、魔法をぶつけて手助けしようとも思ったが、今この状況でそんなことをするのは、いくら一緒に戦うことが許されていても野暮だと思い、手を下げた。

 そうして、二人の一進一退の攻防がしばらく続き、ついに向き合った状態で両者の動きが止まった。


「……………………」


「……………………」


 臨戦態勢を作るように構えていても、そこには最初の時のような覇気や鋭さは感じられない。

 形だけでも構えて、戦いに備えよう。その意志が感じられるだけだった。

 土や岩が崩れて風に巻き上げられる音が聞こえる程の静寂の中で、二人は同時に思い、体感でも感じていた。ここから叩き込めるのはあと一発。もうそれ以上は無理だと。

 二人は残された力を拳に込め、最後の気力を振り絞る。

 ゆらりと倒れそうな心配を感じさせるような前のめりから、歯を食いしばり、今この瞬間に出せる全力の力で走り出した。


「おおおおおおおりゃああああああああああ!!!!!!!」


「うらあああああああああああああああああああ!!!!!!!」


 身体の奥底から吐き出す叫びに乗せ、二人の拳は交錯し、ほぼ同時に互いの顔面に叩き込まれた。

 それぞれの衝撃が直に伝わり、二人の動きが止まる。

 最後の意地を貫いているのか、びくともしない。膝をつく気配もない。

 だが、それももう限界に達した。

 緊張の糸が切れたように、顔についたままだった二人の拳はゆっくりと解け、同時に膝をつく。

 そして、二人は交差して、前のめりにどさっ、と倒れ込んでしまった。

 倒れ込んだその瞬間。地面に身体が着いたのは、大我のほうがほんの一瞬だけ早かった。

 同時に倒れたことで、大多数の観客達は、一体どっちが勝ったんだとそれぞれに疑問が浮かび始めた。


「今の…………どっちが先に倒れたんだ?」


「ラントの方じゃないか? 俺にはそう見えたぞ」


「違うでしょ! 大我くんの方が先に倒れてなかった?」


「いやあアレは大我の方が……」


 それぞれに見えた瞬間による話が湧き立ち始めようとしたその時、この決闘を導いたMr.バルトが、大ジャンプでコロシアム内に飛び入り、自らを注目させて一旦その話題を打ち切った。

 同時に、エヴァン達がいる方向へ目配せを向ける。

 それに気づき、エヴァンやアリシア、ティア達が一斉に中へ入り、二人の安否を確認しつつ運び出していった。


「エルフィは大丈夫?」


「悪いティア……あいつの一発すげえ重くてさ、まだ動けねえ。運んでもらいたい」


 二人をコロシアムの外に出した後で、ティアがエルフィの回収も行い、主役達が一旦引き上げられた。

 そうして、この決闘を締める為の言葉が、彼から向けられる。


「今回二人の意思を尊重して私が取り持たせて頂いたこの決闘、本当に素晴らしいものでした! 彼らの絶対に譲れない意地と意地の衝突は、まさに決闘の真骨頂とも言えるでしょう! どちらが勝ったのかは『まだわかりません』が、今はこの死闘を戦い抜いた大我、エルフィ、ラント、この3名に大いなる称賛を向けてください!!」


 こうして、一旦火蓋が切って落とされそうになった話題も収まり、観客達は全力で気持ちをぶつけ戦い抜いた者達への健闘をそれぞれに讃えた。

 使命も危機も、運命も無い。ただ「お前に勝ちたい」という情熱と対抗心、意地と勝負心がぶつかりあった純粋なる闘いは幕を閉じたのであった。

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