第496話

 渾身の一撃、この戦いの中で最も手応えのある一撃だった。なのに大我は耐えている。

 いや、耐えているのではない。彼は根性で我慢していた。血も吐いて、肉が潰れ、骨が折れるような一撃。それを、アリアによって潜在能力を限界まで引き出されながらもずっと自ら鍛えてきた筋力と、死の境界線を踏み越えそうになる程の戦いでも折れなかった精神力で踏ん張ったのだ。

 グランドシンパスによる追い込みは、まず回避不可能、逃げ場も無くどうしようもない。

 ならば潔く、全部受けて耐えてしまえばいい。最終的に辿り着いた、彼がこれまでの戦いでずっとやってきた事「頑張って踏ん張る」という結論に至り、こうして全霊で受け止めたのだった。

 痛みはある。とても痛い。だがそれ以上に、高揚感が痛みを麻痺させて身体を動かしてくれる。

 大我は思いっきり上半身を引き、ガッシリとラントの腕を拘束したまま、渾身の頭突きをぶつけてやった。


「がっ……!!」


 ラントは堪らず仰け反った。だが同時に、なぜか嬉しくもあった。

 これで決着を着けると意気込みながらも、どこかで大我がこれで終わるわけがないと思ってもいたからだ。

 最高に楽しい瞬間が今ここにある。だからこそ勝つ。その原初の気持ちが、ダメージを受けながらも再燃し始めた。

 しかしそんなことを考えていても、時間は待ってくれない。頭突きの衝撃で一瞬思考がブレている間にも、大我は至近距離を保ったまま、右手にマナを溜め、炎と電撃を走らせていた。


「こんだけ近けりゃ……いくら土魔法を出そうが意味ねえよなぁ!!」


 ラントがどれだけ策を用いても、その先にある最終回答は己の拳による一点突破。

 ラントは必ずこちらにやってくる。それで決着をつけにくる。彼の性格と信条を心の底から信頼したからこその選択肢でもあった。

 同時に、サポートならばラントに被害が及ばないように発動されていくはず。手助けも必要ないし、むしろそれがマイナスに働くような距離を保ち続ければ関係なくなるはず。

 大我はそう、直感的に考えていた。そしてそれは、大部分の正解を引き当てていた。


「今度は……俺からのお返しだ……!!」


 右手からの火花と電撃がさらに輝きを増し、足元からも火花が散っていく。

 グランドシンパスによる分断や防御も一瞬考えた。しかし、ラントはこの時、感覚的に理解した。奴の拳が動く頃には、既に魔法の効果は切れてしまっていると。

 ラントは覚悟を決めた。ここは耐えるしかない。今この瞬間に出来る最大の防御で守り切り、大我以上に我慢をしてやると。

 そして、大我の背中を押すように突然の追い風が走り、さらに螺旋の力を加えるが如く、拳に纏うような小さな竜巻が生み出された。


「嵐旋!! 紅雷拳!!!」


 ラントと戦う前、彼が生み出した新たな技が、受けたばかりの一撃のように、鳩尾へと豪快に叩き込まれた。


「がぁっっ…………!!」


 風による螺旋、爆風のインパクト、電撃の衝撃、そして大我の拳撃が同時に叩き込まれる。

 まだまだ発展途上であり洗練されてないながらも、三つの魔法に威力ある一撃を加えた重ねがけの一発は、想定を超えるパワーを引き出した。

 ラントは爆発と共に後方へ吹っ飛び、大きく地面を転がった。

 

「はぁ……はぁ…………ようやく……叩き込めた……俺だって…………エルフィやティアに色々教えてもらったからさ……色々考えたんだよ……!」


 風魔法を使いこなす仲間がそばにいてくれたおかげで、より発展させることが出来た己の技。

 それは、新たな世界で生き続け、結実した絆と信頼。憧れとはまた近くて別の道にある強さへの道だった。

 二人は決闘までの間に、確かに着実に強くなっていた。

 そして、大我は一つの体感と予想からの言葉をぶつける。


「お前のグランドシンパス……そこまで長くねえよな……? 長時詠唱で無理矢理引き出して使うんだからよ……結構な負担があるんじゃねえのか……?」


 息も絶え絶えながら、自分の考え出した結論。

 長時詠唱を用いて使う魔法ということは、己のスペック以上の力を用いた魔法だということ。

 ならば、おいそれと簡単に使えるわけもなく、ずっと使い続けるようなこともできないはず。

 そこまで時間の長くない短期決戦技だからこそ、ここで決着をつけに来た。ここさえ耐えれば、もうグランドシンパスを使うような余裕はないはず。

 それまで含めて、大我は歯を食いしばって受けることを選んだのだ。

 仰向けに倒れたままそれを聞いていたラントはフラフラと立ち上がった後、思いっきり笑ってみせた。


「はっはっはっは!!! そうだよその通りだ!! 俺のグランドシンパスはまだそこまで続かねえ! お前の考えた通りだ!!」


 あっさり種明かしをするが、その声はどこか、楽しげだった。

 自暴自棄から来るものではなく、まだまだ俺が勝つという絶対的な自信のもとに来る、威の声だった。


「でもな!! 俺はまだまだ負けちゃいねえ!! お前のほうが傷は深いはずだからな!!」


「…………そういうお前こそ!! 今の一発で相当キてるんじゃねえのか!!」


「バカ言え!! このままお前を殴りに行ってもいいんだからな俺は!!」


「そりゃこっちのセリフだ!! 俺もこのまま近づいて、ぶん殴って終わらせてやるよ!!」


「それこそこっちのセリフなんだよ!! 最後に勝つのは俺だ!!」


 二人共、限界が近かった。それは自分達が一番良くわかっていた。

 もうまともに策を考える余裕も、技や魔法を捻り出してどうこうするという余地もない。

 彼らは意地で地面に立っている。大声を出している。お前には負けないという対抗心で、前に歩み出している。

 

「最後に」


「立ってんのは」


 もはや決闘が始まった当初のようなキレの薄い拳が交錯し合う。


「「俺だ!!!」」


 そして、限界に近い二人の、最後のぶつかり合いの火蓋が切って落とされた。

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