第448話

 空気すら歪ませんばかりの力の相殺が生じ、両者の身体はそれぞれ強制的に後退する。

 次々に外堀を埋められ、焦りと苛立ちが少しずつ彼女の内側を侵食していく。

 ようやく外に出られたのに、ようやくあの最悪の人工知能に刃をむけられたのに、それを水の泡になんてしたくない。

 次は何を向けてくるのか。大我とエルフィの動向を確実に捉えようと、ノワールは眼球ユニットのみを動かしてでも、彼の姿を捉えて離さなかった。


「なっ……今のは……!」


 しかし、彼の飛び蹴りを受けた右脚に、ほんの小さな異変が起きた。

 模造皮膚の内側から、本来鳴り得ない金属の軋む音が聞こえたのだ。

 それは、ノワールの電子頭脳に伝えられた信号からも認識できた。

 とても小さな、本来ならば取るに足らないであろう異常。

 だが、彼女のボディは製造されたばかり。肉弾戦にも耐えうるように本来設計されている。

 にも関わらず、あの一発でそこまでの威力を可能とするのか。

 ほんの一秒、思考が気を取られた瞬間が、大我のさらなる追撃を許す。




 空中に身を投げ出されたまま、反動によって後方へ吹っ飛ぶ大我。

 このまま距離を離してしまったら、新たな接近のチャンスがいつ訪れるのかわからない。

 大我の方も、可能な限りノワールから目を離さないようにしつつ、強引に空中で体勢を変え、自らの身体を戦闘機のように地面と平行にさせる。

 そして、足元に細かな火の粉が散っていく。

 エルフィもそこに魔力とマナのバリアを重ねがけし、指一本すら地面につかないまま再攻撃の準備を整えた。


「でやあああああああっっっっ!!!!」


 大我の足元で爆裂する魔力。衝撃を丸ごと推進力に変換し、息もつかせぬ速度で、再びノワールへ突っ込んでいった。

 その勢いは、先程の飛び蹴りよりも明らかに強く、周囲の空間をも巻き込んだような圧力がある。

 

「ちいっ……!」


 ただでさえ反応の難しい、ほんの一瞬のうちに発生した応酬。

 ずっと目を離さなかったノワールであれば、まだ反応できただろう。

 しかし、彼女の脚の軋みが、反撃ではなく防御の選択肢を強制的に選ばせた。

 大我は爆風に乗せた己の身体を大きく捻り、回転を加えて雷火を帯びた鉄拳を叩き込んだ。


「喰らええええ紅雷拳!!!!!」


 大我の全身の筋肉と細胞を覚醒させる叫び。

 金属と生身、魔力と魔力の衝突。

 ユグドラシルの内部に大地を鳴らすような轟音が響く。

 まだノワールは倒れていない。彼女は必殺の一撃を、全身が大きく後退させられ、左腕が歪み、模造皮膚の一部が破けながらも、防ぎきったのだ。


「ぐっ……!! だがまだだ! この程度で私が倒れると思うなァ!!」


 ノワールは全力の一撃を乗り越えた。

 ここからは怯む隙も、休む暇も与えない。彼女の眼に宿るのは存在への渇望と願い。勝利を望む生者の意思。

 周囲の魔力を収束させ、瞬時に黒の光球を作り上げる。


「黒光のキラナ!!」


 その光は、目視可能か非常に怪しい程に、一瞬だけの起こりを見せた。

 黒の光は球体から光線へと姿を変え、音よりも速く大我目掛けて放たれた。


(まずい━━!!!)

 

 大我とエルフィはその起こりに、見事という他ない程に反応した。

 だが、見えていても、身体が動く時間がない。避けようとしても避けきれない。

 彼の身体には、先程の一撃の反動がまだ残っている。

 全力故に、それに対する超強力なカウンターへのとても小さな隙が生まれてしまったのだ。

 エルフィも同様に、射線から反らす時間が無いことをすぐに察知した。

 今自分にできることは、少しでも大我の負うダメージを軽減すること。

 予測されるコースへ魔力を収束させ、少しでも厚くバリアを張る。

 だがそれでも足りない。相当な痛手を負うことは誰にでも予想できる程の絶望的な状態だった。


「くっ……!!」


 大我はそれでも諦めない。全身の筋肉を直感と感覚に従い、全力で動かし回避しようとした。

 その様子に、ノワールは成功を確信していた。

 しかし、それぞれの期待と不安は、小さく、とても大きく裏切られた。


「うおあっ!?」


「なんだと!!?」


 なんと、放たれた黒の光線は、ギリギリのところで大我の皮膚を掠め、後方へと突き抜けていったのだった。

 回避の瞬間、大我は全身に知らない感覚が纏わりついていた。

 まるで風のように、形もなく自由に、疾く全身が動く感覚。

 大我の挙動は文字通り加速し、不可能と思われた回避を成功させたのだった。


「嘘だろ大我! お前すげえよ!!」


「……いや、今のは……俺の力じゃない」


 再び地面に足をつけた後、全身に精霊の息吹を纏っているかのような、優しく、凛とした風を感じていた。

 それは途切れることなく、今もずっと続いている。

 この力を与えてくれたのは誰か。大我は考える時間も一切取らず、すぐに理解できた。

 そしてその方向を向く。


「良かった……間に合った……!」


 この新たな力を授けてくれたのは、ティアだったのだ。

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