第449話

「風が……!」


 ティアは考えに考え、考え抜いた。

 今、自分に出来る事は何か。どうすれば、勝利へと導く事ができるか。

 まともに動けない以上、盾になることすらできない。だからといって、無理に攻撃に参加しても、今の状態ではたかが知れている。

 過去に色んな人々が向けてくれた言葉を思い返した。そして気づいた。とても大切なことを教えてくれていたことに。

 戦えるようになったからといって、本質が何もかも変わるわけではない。だが、それは決して悪いことではないのだ。

 それらを今の己が咀嚼した結果、一つの結論が導き出された。

 それは、自分の魔力、出来うる限りの風魔法を大我の身に纏わせ、まるで彼の背中を支えるオーラのように装わせることだった。

 大我も、突然全身を覆うように吹いた風に驚くが、すぐにそれが、誰がもたらしてくれたのか理解した。

 大我とティア、お互いの顔が合う。二人は共に、微笑みながら頷いた。

 託した希望、託された力。それを共有したからだ。

 名付けるならばそれは「セイレーンの羽衣」。

 

「そうやって……そうやってお前達は!! どこまで立ち上がるんだぁぁぁーーっ!!」


 その一撃で、大我は倒れるはずだった。捨て身でもある渾身の一撃だった。

 なのに、また間一髪助けられた。いや、助かった。最後の一手が届かないもどかしさが、ノワールにさらなる焦りを生み、握り拳と歯軋りが起こる。。

 

「黒塊のストリ!!!」


 空中に次々と生成される、まるで彼女の積み上がった恨みと怒りが乗り移ったかのような、巨大な隕石の如き漆黒の黒岩。

 一発一発の質量は非常に重く、それらが大我めがけて、明確な指向を持って降り注いでくる。


「大我、さっきと同じだ! 走れ!!」


 二人の力が合わさり、エルフィもそれに感化される。今のこいつなら、こんな絶望しか感じないような流星雨だって走り抜けられる。

 その直感的な感覚を信じ、再び駆け抜けるように進言した。

 大我もそれは、言われるまでもなくやってやると思っていた。

 エルフィの言葉が、より早く背中を押し、一気に駆け出していく。

 数歩地面を踏んだところで、足元から爆発を起こし、大きく加速する。しかし彼は全身に感じていた。ティアが纏わせてくれた風が、爆発の前から加速させてくれていたと。


「今の身体じゃ辛いのはお前が一番わかっているはずだ!! どうして倒れない!!」


 一発、二発、四発と、次々と害意を形にしたような黒岩が、大我の進行方向に合わせて降らされていく。

 目視とエルフィからの指示を合わせて、最初は回避しようと考えていた。

 だが、エルフィの口が開く前、大我は纏う風から、一つの方向に引っ張られるような力を感じた。

 ティアが託してくれた力だ。何の意味もなくそんな現象が起こるわけがない。

 自身の方へ落ちてくる二発の黒岩。それらを目にした時、風の助けの意味が直感的に理解できた。


「大我!!」


「解ってる、右だな!」

 

 ほんの少し遅れて伝えられるエルフィの言葉が、より引力の意味を鮮明にした。

 大我は、黒岩の着弾を余裕のあるタイミングで回避し、衝突によって生じる衝撃波すらも見事に流してみせた。

 セイレーンの羽衣は、ただ身体能力の向上、動作の加速を担保するだけのものではない。

 後方からティアの広い視界を活かし、術者自らが誘導、防御、反撃を手助けすることも可能となっている。

 近くに彼女がいなくとも、ある程度の範囲までは、対象者がやりたいことを読み取り、自動でサポートもしてくれる。

 まるで生きた加護とも形容可能な、ティアの抱く力の具現化。

 その力は、確かに大我の今現在の限界を突破させていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る