第438話

「ぐっ……重てえっ……!」


 見た目非常に靭やかな脚からは到底想像できないような、重機が直接殴りかかってきたかの如き重み。

 皮膚や筋肉、関節に痛みが響き、反射的に全身に緊張が走った。

 だが、大我もそれに完全に押されるようなヤワな戦いをしてきたわけではない。

 それに決して押し負けないように、全力で力を込めて電撃と炎をさらに強め、拳から血が噴き出しそうな程に奮戦した。

 エルフィは背中から彼を支え、風を吹かせて推進力をさらに引き上げつつ、至近距離から魔法を叩き込むべく魔力を右手に集中させた。


「私達は同じ、アリアを憎む者! アリアに奪われた者同士だ! そして君はこの世界に於いて唯一の人間! 私達が手を組めば敵はもう居ない! 世界中のアンドロイドをシステムダウンしても君は動ける! その間に制圧することだって可能! 世界を自分の物に出来るはずなのに!!」


「だから! 俺はそんなのに興味ねえっつってんだろ!! それに、んな事したら結局とんでもねえ被害が生まれるだろうが!!」


「致し方ない犠牲だ!! そうでもしなければ、私はこの世界に生き残れない!! だからこうしてきた!! 君と違って、私は運に恵まれなかった!! 小さな望みすら叶えられなかった!!」


 ノワールとして、自我を得た彼女自身として剥き出しになった激情。

 自由を得る為にはこれしかなかった。渦巻く負の感情がさらなる攻撃性となって牙を向く。

 拳と拮抗するノワールの足から、黒い電撃がほとばしる。

 纏わせた魔法を上乗せした肉弾戦から、彼女はさらに重ねて雷撃を叩き込もうとしている。

 このままぶつかり続けていると、強烈なカウンターが放たれるのではないかと、大我の本能が警告を発した。


「だからって…………やっちゃいけねえこともあるだろうがァ!!」


 大我はここで逃げるのではなく、接近できた数少ないチャンスを確実にモノにするため、一気に全力を出して殴り抜けようとした。

 彼の意思が指輪へ伝わり、雷火が駆ける獣のように勢いを増す。

 そして、ずっと一緒にいたが故の無意識の連携か、それと同時にエルフィの溜め込んだ魔力が開放された。

 小さな両手から放たれる、交差し渦巻く雷撃と火炎。

 加速しながら一直線にノワールへと突き進み、今にも命中するはずだった。

 しかし次の瞬間、ノワールはふっ、と抵抗し続けていた脚の力を、殴り抜けることすら許さない力の流れで脱力した。

 

「っっ!!」


 大我は、ぶつかり合っていた脚から力のぶつかり合いが消失する直前、脊髄反射的に皮膚からの異変を察知した。

 ここで攻撃を止めないとまずい。全力を出し続けたら、なにかはわからないが悪夢が待ち受けている。

 ぶつかり合いを止め、いつでも、何が起きても良いように足元に意識を向けて、ノワールの動作を絶対見逃さないようにと注視する。

 しかし、彼が目をつけるタイミングは、一足遅れてしまっていた。

 エルフィの攻撃を避けつつ、ノワールはその見た目からはかけ離れているような素早い動作で懐へ潜り込み、既に構えに入っていた。


「しまっ……!!」


「大我っっ!!」


 エルフィは焦った。一気に勝負を決めようとせず、その先を見据えて後の先に構えるべきだった。

 彼女に一撃を放たせてはならないと、咄嗟に残存していた魔力の矛先を変えて二度目の攻撃を撃ち込もうとした。

 だが、ノワールはそれすら分かっていたかのように、一瞬だけ右眼のみ動かして目標を捉えると、動作移行、途中の無理な姿勢のまま腕だけ動かし、杖の先をエルフィに叩きつけた。


「ごふっ……」


 狙いは確実に大我に向いていた。なのに、ついでと言わんばかりの所作で、エルフィに痛い一撃が加えられてしまった。


「エルッ……」


 大我の意識は、一発を叩き込まれたエルフィに傾く。

 だがそれこそが命取り。彼の仲間を思う優しい心が、ほんのわずか、大きすぎる隙を生み出してしまった。

 

「ごおっ…………!」


 名前を言い切る前に、大我の言葉を遮られた。

 低姿勢から矢のように放たれたハイキック。人ひとりを飛ばすには充分過ぎた。


「大我さんっ!!」


 均衡が崩れる瞬間は突然。大我とエルフィの身体は、女神の視線の先で宙に浮かんだ。

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