第420話 共に在る未来 19
仲間達が戦っているその最中。ラクシヴの肉の繭に包まれていた大我は、夢とも現実ともつかない不思議な世界の中にいた。
「ここは…………」
それまで何があったのかは覚えている。ティアに心臓を剣で貫かれ、痛みの中で視界がぼやけ始め、そのまま意識を失ったのだ。
だが、今はなぜだか胸に痛みはなく、貫かれたような痕も無い。
不思議と身体も軽く、優しく暖かな包容感に満ち溢れていた。
「……そうか、俺……死んだのか」
不自然なまでに安らかな場所。それまでにあったことが全て無かったことになるわけがない。
そう考えた結果、大我はあまりたどり着きたくなかった結論へと辿り着いた。
時間が経つごとに、なんだかふわふわとした落ち着いた気持ちになっていく。
戦いの渦中にあったのが嘘のように。
なぜだが、自分が進むべき方向も理解できる気がする。
その方向へと視線を向けると、大我は信じられない光景を目にした。
「よう大我! 久しぶりだな」
「本当によく頑張ったな」
「お前ら……みんな、なんでこんなとこに……」
そこにいたのは、彼が本来生きていた時代に共に過ごした、同級生や友達、先生や近所の知り合い。
大我との関わり合いを持った、大昔に殺され死んでいった人々だった。
大我は理解した。ここは死者の世界へと続く途中の道、天へと続く道なのだと。
そんなものが本当にあるのかとずっと思っていたが、こうして目の前に現われてしまうと、信じざるを得ない。
と同時に、彼は改めて理解した。自分は本当に死んでしまったのだと。
「ずっと待ってたんだぞ。たった一人で生き続けていたお前をな」
「本当に頑張ったね、大我。だけど、もうこれで安心できるよ」
「お前は本当にすごい奴だよ。どれだけ傷ついても戦ってきたんだもんな」
優しい言葉を、陽の光のように浴びせられる。
これが安らかなる眠りなのか。こんなにも心にやすらぎがもたらされるものなのか。
大我はどんどん力が抜けていく様を感じながら、ゆっくり、一歩、一歩、人間達のもとへと歩み進もうとした。
「えっ?」
だが、そんな彼の右腕を、誰かが後ろから掴んだ。
大我はすぐさま振り返った。だが、そこには何もない。何も見えない。
しかし、その腕の感触にはなんだか覚えがあった。そして、強い意志を感じた。
優しく、強く、彼のことを想う温かい手。
まるで一人のようにも感じるが、そこにはたくさんの意思が重ねられていた。
そのおかげか、大我は思い出した。まだ自分は死ぬわけにはいかない。まだまだやらなければならないことがある。一人で勝手に楽になるわけにはいかないんだと。
「…………っっ…………! 悪いみんな! 俺はまだ…………!!」
大我は、皆と同じところへ向かう解放の安らぎを拒絶する為、振り返った。
そこにいたのは、己を知る無数の人々ではなかった。
「大我……」
「大我、本当に、本当に久しぶりだな」
「母さん、親父…………」
大我の側に現れた二人の人物。それは、彼の両親である、父親の桐生鉄平と、母親の桐生風花だった。
大我は内心、今にも泣き出しそうになっていた。
どうしてあの時、自分だけをコールドスリープ装置に入れたのか。どうして一緒に来てくれなかったのか。
問い詰めたくて、また抱きつきたくて、また一緒にいたくて仕方がなかった。
大我は、しばらくの沈黙の時間から、唇を歪めながらゆっくり口を開いた。
「……………………ごめん、母さん、親父。俺、行かないといけないんだ。だから、まだそっちには行けない。たくさんやり残したことがある」
「わかってるさ。言っただろう? お前は強い。それは、他の誰でも無い私が分かっている。子供の事を信じられないで、何が父親だ。…………だが、本当に行くのか。これからお前には、まだ想像もできない苦しみが待ち受けているぞ」
「百も承知だよ。もう痛みにも慣れたし。それに、俺にはまだ助けたい人達がいるんだ。だから────」
一つ一つ、言葉を発する度に、大我の腕に、足に、腹部に、胸に、痛みが戻ってくる。
だが、大我はそれが嫌にはならなかった。彼を優しく包む誰かの手が、一緒に背負ってくれているからだ。
「また、戦ってくる。俺が死ぬ時は、今の世界を取り戻した後だ。じゃないと、親父にも母さんにも、あいつらやご近所さんにも、先生にも…………なにより、今の世界で受け入れてくれた皆に顔向けできないし、俺が俺を許せなくなる」
鉄平は小さく、わずかな心配と、称賛と安心の溜息をついた。
一緒に、風花も涙を浮かべながら、心から息子の成長を微笑みで喜んだ。
強く生きてくれた。あの時の心から絞り出した願いは叶えられたのだ。
「…………わかった。行って来い大我。成長した息子の背中を見送るのも、親の努めだ」
「大我、本当に立派になったわね。ありがとね、ずっと、その指輪も大切にしてくれて」
「……母さん、指輪ありがとう。俺、このおかげでもっと強くなれた。出来れば、まだ見守っててほしいんだ」
「勿論よ。大我のこと、見守ってるわ」
そして、大我を引っ張る誰かの腕は、一本、また一本とさらに増えていった。
その一つ一つに覚えがある。どれが誰かと言われればどうしても朧気だが、そこには彼への願いが確かに込められていたのだ。
「ありがとう……じゃ、行ってくる!!」
もっと話していたかった。だけど、生きている以上それは敵わない。
だけどいつか、その時は来るのだろう。しかし今がその時じゃない。
大我は大好きな両親に背を向け、生へ向かって走り出した。
その大きく立派な、いくつもの傷を背負った背中を、二人は見つめていた。
「指輪の御守、効いたみたいね」
「そうかもね。でも、何より大我があんなに立派になって嬉しいよ」
「そうね……親離れにしては壮大すぎるけど。大我がこれからどれだけ凄い人になるのか。信じましょ、あなた」
「…………考えたくはないけど、もし、大我がこっちに来たら……どうする?」
「ふふ、もちろん、抱きしめてあげるわ。『本当に今まで、ずっと頑張ってきたわね。お疲れ様』……って」
生へ向かって走る度、身体が重くなる。痛みが走る。苦しみが増えていく。
だが、そんなものは大我の足を止める理由にはならなかった。
気がつけばもう、そこにはたくさんの友がいる。
新世界は、ただ一人の人間である自分を受け入れてくれた。
今度は自分が、助けとなる番だ。
大我はずっと、ずっと、重い身体を振り絞り走り続けた。
そして、彼の身体は光に包まれた。
* * *
「待ってて大我! 今開けるから……」
ラクシヴは、繭の中で眠り続けていた大我が動き出すのを感じ取った。
死は免れた。それだけでも大金星。
慌ててラクシヴは繭の状態を解こうとするが、治療に集中し過ぎていた分、すぐには解けなかった。
繭の内部で、大我が腕を動かし藻掻くのを感じ取る。
ラクシヴは緊急的に、手の当たる内壁部分の肉壁を薄くし、内側から破れやすいようにした。
その咄嗟の判断は、見事に功を奏した。
大我がその柔らかく薄くなった箇所を掴み、思いっきり引き破るようにして肉の膜を取り払った。
そして、とても重い動作で、よろよろと腕だけを使って、裂け目から無理矢理身を乗り出した。
「ううっ……くっ……ぁぁ…………」
「大我! よかった! 大我の傷が治った!!」
ラクシヴは思わず声を上げた。絶望的な状況から、どうなるかもわからないギャンブルとしか思えない治療を見事に成功させたのだ。
全身に粘液がかかっているが、背中まで貫いた傷も塞がり、心臓も問題なく動いている。
それをラクシヴは、喜ばずにはいられなかった。
大我は今ここに、再度の現世への復活を果たしたのだった。
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