第419話 共に在る未来 18

「なんだ、なんで攻撃が来ねえ」


 絶好の攻撃の機会なのに、今更それを止める必要性がどこにあるのか。

 不可解極まりないこの無の時間に、ラントは頭上に大きな疑問をうかべた。

 エルフィとアリシアも、それがわからず小さく困惑する。

 一体何が起きたのか。ラントは土壁のドームを解除し、再び外へと飛び出す。

 直後、彼らの視界に表れたのは、寸前の所で動作を止めている巨人の手だった。


「っっっ!!??」


 ほんの一瞬、ラントはやられたと思った。

 まさか、あえて防御を解かせる為のフェイントだったのか。油断を誘うために完全には振り下ろさなかったのか。

 瞬時に無数の思考と失敗が巡ったが、それはすぐさま否定された。

 防御を解いたにも関わらず、いつまで経っても巨人の手は降ろされなかった。

 それどころか、その手や身体は何かに縛られるように震えており、新たに動く気配すらなかったのだ。

 一体何が起こっているのか。誰かが手助けしてくれたのか。

 その答えは、彼らに近づいてくる足音、そこから移る少女の姿が示していた。


「──既に死んでいるのなら、これは私の手の内です。大我さん達の友達を傷つけることは……絶対に許しません……!」


 エルフィはその人物に見覚えがあった。

 かつて予期せぬ形でネクロマンサーとなり、才能あふれる彼女の力を求めた者を一緒に倒したことを。

 まさか、この状況で加勢してくれるなんて。エルフィの表情は一気に明るくなった。


「ル……ルイーズ!! どうしてお前がここに!!??」


 多量の残骸を掻き集めた巨人を、右腕を掲げてせき止める少女。その正体はルイーズだった。

 彼女の背後では、以前出会った時よりもさらに武装が増設された、相変わらず狂った笑顔を保ち続けるメアリーの姿もあった。


「いいらrrrしゃいま、せせせせ、こんにこんにちちち⬛⬛#39⬛は! なななんで、ですかですかかかか??」


 かろうじて音声として聞こえる電子音を鳴らしながら、無秩序な操り人形の如き動きで、主人であるルイーズに迫りくる敵を薙ぎ倒していく。

 たとえ打撃やレーザーを喰らおうとも痛がる素振りも無く敵を排除する。

 守護者としては最高峰とも言えるアンデッドだった。


「よかった……みんな、まだ生きてたんですね…………」


「エルフィお前、この娘を知ってんのか?」


「ああ。ネクロマンサーだけど信用していい。俺が保証する。けど、引っ込み思案のお前がなんで」


 ルイーズは少し言いにくそうに息を呑んだが、振り絞って自分の本心を正直に吐き出した。


「…………あのノワールの声が……聞こえた時……絶対に、とても良くないことが起こるって。私を助けてくれた皆さんが、きっと戦うんだろうって」


 ずっと弱々しい声だったルイーズ。喋りが続くごとに、少しずつ彼女の奥にある決意の意志がこもっていく。


「でも、ずっと迷ってたんです。私も戦わなくていいのって……出会ったばかりの私を、あんなにも必死になって助けてくれたのに……そのお礼をしないままでいいのって……私のこの力を、誰かを助ける為に使う。その時が来たんじゃないか……って」


 ルイーズの手が、ぎゅっと力強く握られる。


「────だから、なんとか色んな人に話を聞いてここまで来ました。途中で、あの騎士団の人達と出会ってたどり着いたんです。これだけ死体があるなら、ここは私のフィールドです!!」


 破壊された残骸や自動兵器達が動き出し、まだ流れ込んでくる敵と正面からぶつかり始めた。

 数に圧倒的な差がつけられている中で、こんなにも頼もしい援軍はない。

 だが、希望の光はまだ輝き足りない。


「はああああああっっ!!!!」


「爆轟・炎熱閃!!!!」

 

 ルイーズが駆けつけた直後、動きの止まった巨人に二つの太刀筋が叩き込まれた。

 一本はまるで炎そのもののように紅く輝く西洋剣。

 もう一本は全てを薙ぎ払うような大剣。

 二つの斬撃は巨人のコアで交差し、たった一度で十字の傷をつけた。


「……ハッ、遅かったな騎士様達よォ!」


「すまなかった皆! どうしても避けられないことがあって少し到着まで手間取ってしまった!」


「おーおーこっちだって色々訳ありだったんだよ! 文句あるなら終わったら流通ルート押さえんぞ!」


 それを見た迅怜は、ようやくの新たな援軍の到着に軽口を叩いてみせた。

 その姿は、アルフヘイムの秩序の具現化であり体現者達。

 ネフライト騎士団の第1部隊隊長にして副団長、エミル=ヴィダール。

 第2部隊隊長、バーンズ=アームストロングだった。


「オラァァァァッッッ!! 隊長、バカなこと言ってないでとっとと戦いますよ」


 そして、第2部隊副隊長、イル=デュランだった。

 イルはレイピアを持っておらず、素手で豪快に戦い回り量産型達を蹴散らしている。

 一見すると乱暴だが、そこにはただ暴力的ではない美しさが見て取れた。


「────バーンズ、この戦い、人々の為、そして団長の為にも必ず勝つぞ」


「言われなくとも、当然だ」


 二人の斬撃を浴びた巨人は、傷跡に残る残火から火花が弾け、まるで戦いの転換点を派手に魅せるような爆発を起こし、粉々に砕け散った。

 次々とやってくる、大我達を助けんとする予期せぬ援軍。

 それはアルフヘイムの住人だけではない。その外からもやってくる。


「おおおおーーーーーい!! 劾煉!!」


「俺達戦える!! だから、今度は俺達助ける番だ!!」


「私達も、助けられたままじゃないられない!」


「其の声は……!」


「あいつらも……助けに来てくれたのか……!」


 新たに介入した者達を見て、かつて出会ったラントが、そしてなにより、劾煉が驚いた。

 未だ数が大きく減らない敵の機体達に放たれる無数の矢、巨大な投石、さらに硬質な棍棒による殴打と剛の拳。

 さらなる加勢。それは、ゴブリン達の村であるサカノ村の住人だった。

 村長のトガニを筆頭に、カンテロ、ナテラもやってきている。

 その光景に、劾煉はとにかく驚くしかなかった。


「な……何故だ!? 何故皆が此処に……!?」


「これはお前への恩返しでもある! 我らサカノ村の住人は、お前のお陰で強くなれた! そんなお前さんの危機に立ち上がらず、いつ立ち上がるのか!!」


 屈強なゴブリン達が、村長の言葉に鼓舞され雄叫びを上げた。

 劾煉に助けられ、鍛えられた彼等には、劾煉はまさしく村の英雄という他なかった。

 ノワールの声にただならぬ危機を感じたトガニは、村の者達に呼びかけ、劾煉の手助けをする者を募った。

 そして、己の持てる武器を持ち、共に戦う為に立ち上がったのだった。

 その人情、その義理堅さ。劾煉は戦いの風に血が滾るのではなく、初めて温かさに拳を握った。


「────忝い、サカノ村の皆……!」


 それと同時期、いくつかの自動兵器達に予期せぬ異常が発生していた。

 まるでターゲットが見えなくなったかの如く、あらぬ方向へと刃を振るっては、レーザーを放っている。

 それによる同士討ちも頻発し、突然破損し始めた。

 それに追い打ちをかけるが如く、空中に無数の氷柱が発生し、ふらふらとよろめく自動兵器を貫いた。


「…………エヴァン、あの氷魔法は貴方の?」


「……いや、僕じゃないね。ということは、クロエのでも」


「ないわ。とすればあれは一体……一部動きが妙になってるし」


「どうやら敵ではなさそうだから、喜んで手助けを受けていこう」


 突如発生した氷魔法に敵方の挙動不審の様。

 その正体は、大我達からは見えない場所に隠れていたある女性だった。


「…………償いを終えるまでは、死ぬわけにはいきませんから」


 かつて霧の魔女と呼ばれていた女性、セシル=ランベールだった。

 彼女は量産型と自動兵器の一部の視界を霧で遮り、遠くから確実に得意の氷魔法で排除していった。

 元々はネフライト騎士団の管理する牢屋へ幽閉されていたが、一連の戦闘によってそれが意図せず破壊。

 一度は、ここでの脱獄は懺悔とはならないと思考し留まったが、外の激しい喧騒からただならぬ事態を感じ取り、出てきたばかりだった。

 狂っていたとはいえ、元々は悪事を働いた側。助けるとなっても堂々と出られるわけもない。

 その為、セシルは影からの手助けに入ったのだった。


「終わりは見えない。だけど……勝機は見え始めたね」


 エヴァンは確信した。風は確実にこちらに向いている。

 これだけの助けがあれば、先の戦闘で傷ついた者がいても勝利の目が見えてくる。

 そして、加勢はただ戦力の増強だけに終わらない。


「あいつらも戦ってくれるんなら、俺達も黙ってちゃいらんねえな!!」


「先に倒れちゃカッコつかないしな! お兄ちゃんにも泥塗っちまう!」


「こいつァ壮観だな……そう思わねえかエヴァンよォ」


「ははっ、まあね。これは、負けてらんないよね」


 新たなる仲間の加勢は、ただ戦力が増えるだけに留まらない。

 死力を尽くして戦い続けた者に望みと気力を与え、勝利に向かうエンジンとなるのだ。

 そんな時ほど、勝利の女神は希望を持ち続ける者に微笑む。

 そして、その先にある奇跡へと導くのである。


「────っっ!! 大我!?」


「………………う………………っ……………………」

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