第421話 共に在る未来 20
「た、大我……本当に……本当に治ったのか……?」
ラクシヴの喜ぶ声、そして肉塊が解ける音を耳にしたエルフィは、驚きと喜びとまだ信じられない気持ちが入り混じったような表情で飛んでいった。
心臓を貫かれて生きている人間なんて、奇跡でも起きなければ到底あり得ない。
彼がその人類史の中でも極々僅かな奇跡の一つになろうとしているのか。
視線の先には、肉塊から出たばかりの粘液まみれの大我がいた。
ぐったりとしているが、確かに身体は動いている。
衣服に心臓を貫かれた穴がある以外は、見た目に大きな変化はない。B.O.A.H.E.S.の細胞によって身体の一部が異形化した様子も無く、至って今まで通りの大我だった。
本当に、こんなにも声を上げたくなるような奇跡が起きたのか。
エルフィは一気に加速し、すぐに大我の側まで駆けつけた。
だが、目の前まで来た直後、エルフィは息を呑んだ。
それとほぼ同時。ティアは頼まれていた、そこら中の崩壊した建物からの食料調達からようやく戻ってきていた。
「これくらいあれば……少しでも……大我が助けられる可能性があるなら……!」
両手や腕、肩に収まらない程の干し肉、鍋に入ったままのポトフ、まだ焼かれていない生魚、いくつもの生野菜、ふかしたカボチャの団子、切れ目の入っていないチェダーチーズのホール等、集められる限り、自分だけで運べる限りの様々な食物を、己の風に乗せて運んでいく。
それに加えて、彼女の両手には木のバケツいっぱいの天然水が溜められていた。
「私が……私がやったことだから……! 私が絶対に償わないと……! そうじゃ……なきゃ、大我に顔向けなんて……!」
刃を向け、死に瀕する原因を作ったのは紛れもなく自分。
罪滅ぼしなどと言われるかもしれないが、そんなことよりも大我を助けたい。
彼のことを死なせたくないという一心で、ティアはこれまでの自分の魔力を超えた力を持って走り進んだ。
そして、そして、ようやく広場前まで戻ってきたティアの前には、ずっと心の底から望んでいた光景があった。
「大我……!! よかった……ぁぁ……生きてた……治ってる…………!」
大我の姿を覆い隠した、彼を治す為のラクシヴという肉塊。
その封印が完全に解かれ、一度は動かなくなった大切な友達が、わずかながらゆっくりと自ら動いている。
最初は絶望し、心が張り裂けそうになっていたが、ほんの少しだけ希望が出てきた。
ティアは、走る足をさらに速め、すぐにでもこの食物を彼に届けまいと全力を出した。
「良かった……! 大…………」
彼と再び迎合してするべきことは一つ。謝ること。
これは自分が起こしてしまった過ちであることに間違いはない。確かに大我をこの手で殺めてしまったのだ。
目の前で起こっているのは奇跡。そう言うしかない。
許してもらえなくてもいい。許してもらおうとも思っていない。許されるわけがない。それでも、ちゃんと、心の底から謝らないと。
ティアは彼の名前を呼びながら近づこうとした。
だが、彼女の足は、大我の痛々しい姿によって遠くで止まった。
「ぐあああああああっっ!!! あ゛あ゛あ゛っっ!! がっ!! あああああああっっ!!! うううう……あああああっっっ!!!!!」
「おい、どうしたんだよ大我……治ったんじゃねえのかよ……!」
大我は地面を背に、貫かれた場所を両手で抑えながら、その場でのたうち回った。
地獄の底から叫ぶような苦悶の声が世界樹の広場に響き、彼の身体は激しく暴れだしたのだ。
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