第415話 共に在る未来 14

 その頃、ラクシヴが変形した肉の繭の中では、大我への必死の施術が秒単位の速度で進行していた。

 脳への血液の循環は決して絶やさず、それでいて酸素の吸入は怠らず、ゆっくりと静かにさらなる傷をつけないように剣を引き抜いていく。

 出血は絶対に増やさないという指標を元に最小限にしつつ、少し剣が動く度に即座に大我の細胞を複製した肉を同化させ、傷を塞ぎ小さくしていく。

 血液量が減れば、己の身体を削って血液を新たに作り出し、それを直接輸血する。

 B.O.A.H.E.S.の成分を決して混ぜてはならず、完全100%大我の肉を造らなければならないという初めての試みにプレッシャーを感じる中での作業。

 外部のことなど気にしている余裕はない。B.O.A.H.E.S.の中から抜け出してから最も精神が削れる作業と言っても過言ではない。

 

「大丈夫だよ大我。私が絶対に助ける。絶対に君をここで死なせるわけにはいかない。今度は私が助ける番だから。だから、なんとしてでも死なせないから、頑張って……!」


 肉塊の中で声を出し、彼に必死に語りかける。

 聞こえているかはわからない。それでも、たとえ届いていなくても励ましはせめてもの力になるはずだと、ラクシヴは肉の繭の中で何度も何度も励まし続けた。

 かつてB.O.A.H.E.S.が人間達を吸収したことによって、全身の構造と人間が持っていた医療知識は学習されており、どのように処置をすればいいのか、どうすれば少しでも回復へと傾けられるのか把握している。

 皮肉にも、何億、何十億と磨り潰すかの如くあっけなく同化させられていった人間達の犠牲が、ただ一人の人間の生き残りを助ける救いの礎となった。

 大我の命を手繰り寄せる為、全てを賭けて動き続けるラクシヴ。

 そして、ラクシヴが大我の治療に集中できるのは、他でもない、外で戦ってくれている皆のおかげだった。



* * *



 肉の繭の外、世界樹を前にして無数の敵を相手にする三人と一匹。

 巨大なシンボルを前に、四方から、空から、神話の如く襲いかかる姿は、先の戦闘で傷ついた身体には大きな威圧感があった。


「どんだけいやがるんだよこいつらァ!! 倒しても倒しても湧き出してきやがる!!」


 無限とも言える程に表れる量産型への苛立ちを発露しながら、全力で周囲の状況を視認し、迫ってくる自動兵器めがけて地面から隆起する石柱をぶつけ、装甲の上から衝撃を与えた。

 迂闊に接近した己の未熟さを反省しつつ、今度は当たりにはいかないと、武装を開放すべく内部機構が開いた瞬間を狙い、最も自分と近い場所にいる自動兵器へと距離を詰める。

 一撃が危険ならば、やられるまえにやればいい。とてもラントらしく、近接武器が出される前に拳で貫き、瞬く間に戦闘不能にしていった。


「ここであたしらが引くわけにはいかねぇんだよ!! みんなぶっ殺してえんだったら、まずはあたし達を超えてみろ!!」


 アリシアはレーザーを放つ自動兵器を最優先に狙い、持ち前の鷹の目で挙動を捉えつつ炎の矢を放った。

 同時に、ラントの土魔法による石柱攻撃で怯んだ機体への追撃として、矢尻を赤化させた矢を射つ。

 機体の隙間に食い込んだ矢は爆裂し、正確に組まれた内部機構をぐちゃぐちゃに破壊し、部品を四方へとぶちまけた。

 しかし、二人が闘志に燃えていても、連戦による疲労と痛みは確実に蓄積していた。

 本来の動きよりもやや鈍っており、その上多勢に無勢というこの状況では、一人で膨大な数の処理が必要となる。

 そしてそれは、エルフィもエヴァンも例外ではない。


「おい! しっかり後ろにも気をつけろ危ねえぞ!!」


「すまない……さっきの戦いで相当頑張ったからね……ぐっ、だけど」


 エルフィの背後まで接近していた自動兵器に、エヴァンは迷わずナイフを合体させた槍を放ち穿つ。


「それは君もね、エルフィ」


「…………っ! ああ、悪い……」


 大我と共に走り続けていたが故に、戦闘による疲労はそこまで重なっていない。

 しかし、エルフィには大我への心労という重大なダメージが重なっていた。

 どうか助かって欲しい。だけど助かるかどうかもわからない。そんな不安が、確実な消耗を起こしていた。

 孤軍奮闘とも言える、圧倒的多数と四名の絶望的な数の差の戦い。

 模造皮膚の面積がゼロにも等しい機体すらも投入して数を稼ぎ始めた量産型と、元々大量に生産していた自動兵器の数は、いつ疲弊した四人を押し流してもおかしくない程の波だった。


「まだまだ……ここで倒れるかよ……っ!」


「くっ…………この野郎……!」


「…………参ったね。こんなに疲れさせられたのは久しぶりだ」


 戦闘の体力は誰しも無限にあるわけではない。

 その削れぶりは、見た目の仕草にも明らかだった。

 このままの状況が続くならば、最悪の事態も考えなければならない。

 エヴァンがそう思考した次の瞬間、彼に向かって二人の声が響いた。


「エヴァン!! 伏せろ!!」


「お兄ちゃんっ!!!」


 エヴァンは、いつもよりスムーズさの欠けた普通の動作で、ナイフを構えつつも振り向いた。

 そこには、既に紅い刃を振り下ろし、口内の砲門からレーザーを放とうとする自動兵器と量産型の姿があった。

 いつもの彼ならば、簡単にこの状況を覆して見せただろう。

 だが、今の彼にはその余力を出すのが遅れてしまう程に傷を負っていた。

 

「……っっ!!」


 致命傷を負うのも覚悟したエヴァン。

 しかしその時、彼の背後にいた敵は突如、爆散し、形を大きくひしゃげて吹き飛ばされた。

 獰猛な雷撃と豪快な石槍を以て。


「これは……!」


「オイこのバカ野郎!! そんな雑魚に傷つけられそうになるとかなァ!! 俺の知ってるエヴァンはその程度じゃねえぞォ!!」


「ちょっと見ねえうちに腑抜けやがって。今なら俺が勝ち越しちまうかもな!」


 最強である彼に対して、強さで軽口を叩ける者など数える程しかいない。

 何度も共に戦い、実力を競い合い、傷を負った最高のライバルであり友。

 その声は、エヴァンの胸に、そして皆の心に福音とも呼べる安堵をもたらした。


「──ふっ、言ってくれるよ二人共」


 三人と一匹の元へと参じた二つの声。

 それは、暴走したセレナを止める戦いへと身を投じていた、迅怜、そしてアレクシスだった。


「待たせちまったなお前等! 俺達に任せておけ!」


「まだまだこんなにいやがったとはな……全員まとめて俺がぶっ潰してやるよ!!」

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