第412話 共に在る未来 11

「わしなら、大我の貫かれた心臓を治せるはずよ。まだ脳死まではしてないんやろ? なら……」


 ラクシヴの言う通り、彼女にはB.O.A.H.E.S.から分裂し産まれたが故に、無限とも言えるような超再生能力を持っている。

 それは彼女の身体由来のモノである上、本来の姿は肉塊も同然であり、吸収し組み込まれた生物の遺伝子を利用してどんな形にも変わる。

 そして、そのB.O.A.H.E.S.の細胞は他生物にも影響を与えられ、再生能力を適用し傷を治すことも可能なのである。

 だが、そこにある問題点を十二分に理解しているエルフィは、途中でラクシヴの言葉を遮った。


「それも一瞬考えた! けど、B.O.A.H.E.S.の細胞が組み込まれた瞬間ら生物には大なり小なり変異が発生する。心臓に穴が空いた大我にそんなことしようものなら、あいつはもう二度とこの姿には戻れねえよ……」


 B.O.A.H.E.S.の細胞は、いわば侵食する怪物のようなもの。

 わずかな量でも生物に変化を及ぼし、それが一定量を超えれば同じ肉塊となって取り込まれてしまう。

 その遺伝子変化は凄まじく、一度変化してしまえばそれが生物の元来の姿として固定されてしまう。

 アリアからのデータを得て、大我達と共に行動してきたエルフィにはそれがどれ程の影響を及ぼしてきたのかをよく知っていた。

 本来存在しないゴブリンの種族、野生として存在する異形のキメラ、元々のサイズより異様に大きな生物、変化の結果として偶然に産まれたファンタジーらしい生物。

 それらも全て、かつてB.O.A.H.E.S.が撒き散らした細胞によるものである。

 それを今の大我に与えれば、何が起こるかわかったものではない。どうしても助けたいと思いつつも、エルフィはそんな危険すぎる選択肢を選ぶ気になれなかったのだ。

 だが、ラクシヴの眼は強い意志に満ちていた。


「…………わかってる。だから、私が完全に再現すればいいんだ。大我の細胞を。ぼくの、B.O.A.H.E.S.としての要素が一片たりとも混じってない、大我と全く同じそれを!」


 言った本人でもわかっている。これはほぼ机上の空論でしかないと。出来るかどうかの保証などどこにもないと。

 それでも、ラクシヴはこれに賭けるしかない。これしかない。たとえ1%以下の可能性でも、今にも尽きてしまいそうな命の灯火に薪をくべるにはこの方法しかない。

 そう考え、否定されるとわかっていてもエルフィに進言したのだった。


「簡単に言うんじゃねえよ!」


「簡単になんて言わない! とても難しい事はうちにだって……私が一番わかってる。でも、大我を今助ける方法がこれしかない以上、それに賭けるしかないでしょ!! お願いだから、私を信じて。B.O.A.H.E.S.から抜け出す奇跡を起こした私を」


 演算に演算を重ねたエルフィだからこそわかっていた。ラクシヴの言う通り、これが一番助けられる可能性が高いと。

 だが、奥底では大我が、大我ではない何かに変わってしまうのではないかという恐怖がどうしてもついて回った。

 それは今でも変わらないが、可能性に怯え続けては時間すらも失ってしまう。

 そして彼女は言った。奇跡を起こした自分を信じてほしいと。

 確かにそれは間違いなかった。B.O.A.H.E.S.という最悪の怪物の中で自我を保ち続け、個体として独立するという有り得ない奇跡を起こした存在なら、もしかしたら……と。

 ラクシヴの本気の説得を受け入れ、湧き上がる恐怖を無理矢理抑え込み、エルフィは覚悟を決めた。


「わかった、頼むぞラクシヴ。だけど、失敗したらお前のこと絶っっ対に許さないからな!!」


 ラクシヴは微笑んだ。自分に可能性を託してくれたことを純粋に喜んだのだ。

 これは、ここにいる者で自分にしか出来ない重大なる使命だ。

 自分を受け入れてくれたみんなの為にも、何より大切な仲間である大我の為にも、絶対に成功させなければならない。

 ラクシヴは大我の前に移動し、未だ混乱と動揺が収まらないティアの側まで近づいた。


「……ティア、あとは任せて」


「ぁ……ぁぁ………………」


 ティアはこの時、手放さなければいけないとわかっていたのに、剣から手を離すのがとても怖くて仕方がなかった。

 本当にずっと、大我と離れ離れになってしまうような気がして、自分のせいでこんなことになってしまったのに、謝ることすらできずに終わってしまうのではないかと、いくつもの恐怖と後悔がぐるぐると頭の中で渦巻いていた。

 そんな彼女に、ラクシヴは優しく手を添えた。


「うちに優しくしてくれてありがとう、ティア。これは恩返しでもあるんだ。だから、私に任せて。絶対に助けるから」


 手の温もりが、しっかりと傷ついた心に染み込んでくる。

 刺さる程の優しさが、ティアの手の力をゆっくりと解いていった。

 そして、剣の担い手はラクシヴへと移り変わり、握った右手が一瞬にしてください形が崩れ肉塊へと変わった。

 

「僕なら出来る、俺なら出来る、うちなら出来る、私なら出来る、わしならできる、あたしなら出来る、私なら出来る……」


 ラクシヴは大我の今の体勢が崩れないように支えながら、膝をついて目を瞑り己に祈った。

 これは、かつてB.O.A.H.E.S.が吸収した人間の知識にある、自らを奮い立たせる為の儀式のようなもの。


「あたしなら出来る、うちなら出来る、私なら出来る、私なら出来る、私なら出来る私なら出来る私なら出来る……私なら出来る……!!」


 祈り、意思をより強固にするごとに、常に自我が渦巻き不安定だった一人称が固定化されていく。

 それ程に、ラクシヴの助けたいという意志はとても大きなものだった。

 そして、覚悟を決めた直後、とても可愛らしい容姿を一気に崩し、全身を本来の肉塊へと変化。

 大我の身体を剣ごと全て包み込み、まるで繭のような形を作り出した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る