第413話 共に在る未来 12

「待ってて大我。あなたを絶対に死なせない。現世に引っ張り出してみせる」


 その姿は生命を侮辱していると形容されてもおかしくないようなおぞましさ。

 しかしそれは、一人の命を助け出す為の尊き繭。

 肉塊の赤繭から出る女性の声は、光景とのギャップが著しい。

 自分にしか出来ない、一人の運命を左右する重大な使命を魂に抱き、ラクシヴは必要な処置に一気に手を付けていった。


「大我に限りなく近い細胞を……違うそれじゃ駄目! 近いだけじゃ大我が私に結局食われてしまう!」


 まだ乾いていない血を吸収し、新しく得た情報として大我の遺伝子情報を絶対に記憶から揺らがせないように刻み込む。 

 それを元に、彼の身体に触れる肉塊部分の一部表面を変化させ、細胞の完全コピーを作り出そうとする。


「限りなく近いじゃない、大我と全く同じ物を作らないと!!」


 しかし、そのような変化をさせたことなど当然なく、B.O.A.H.E.S.という生物兵器の要素を完全に抜かしながら変えるというのは至難の業。

 だがそれでも、絶対に成功させなければならない。

 自分はもうB.O.A.H.E.S.の一部ではない。自分はラクシヴだ。

 ただ荒廃と異常をもたらすだけの存在ではないと、自らの心に言い聞かせながら、少しずつ大我の治療へと全霊をかけていった。




 肉の繭に大我が包まれた後。外では、その場にいた皆が不安を抱きながらじっと待ち続けた。

 ここにいる皆は、たとえ死の淵からでも彼が戻ってくると信じている。

 なぜなら、今まで大我がしてきたことを知っているからだ。

 彼は信じられない程の奇跡を起こしてきた。

 吹けば飛びそうな男だったのに突然強くなったことも。

 力の差が天と地かそれ以上あったとしても立ち向かい、心を動かしたことも。

 何より、本来ならば数千年以上前に死んでいたはずなのに、人類が死滅した現在を生きていたことも。

 それぞれが知っている彼の奇跡と底知れぬ意思、魂を揺らがせる勇気は、確実に皆の精神に刻まれていた。

 きっと大我は助かる。絶対に。そう信じて疑わなかった。

 だが、それでもティアだけは、どうしても身体の震えが止まらなかった。

 彼女にも強く感じている。大我はきっと助かる。自分も信じているし、皆がそれを信じ望んでいるのも痛いほど伝わってくる。

 しかし、自分にはもうそんな資格はない。自分には大我を案ずるような都合のいいことはできない。

 胸が潰れるような想いが、顔と身体にはっきりと表れていた。


「…………ティア、少しいいか」


 そんな彼女に、アリシアがそっと優しく語りかけながら座り込む。

 

「今ここで聞くのは酷だろうけど、何があったか話してほしい」


「…………」


 いずれ来るであろう質問が、ついにぶつけられた。

 アリシアはまずわかっている。こういう時、察するのはいつも彼女だったからだ。

 ティアは言わなければならないとわかっていても、口が震えてうまく言葉が出なかった。

 いっそのこと黙っていれば……ほんのわずかにでもそんな考えが過るが、それは友達でいてくれたみんなへの、そしてなにより必死に戦ってくれた大我への侮辱に他ならない。

 ティアは意思を固めるが、それでも震えて涙を浮かべながら口を開いた。


「……ごめん……ごめんねみんな…………私……私が…………大我を…………」


「…………自分から言うのは辛いだろうからさ、俺からも話すよ」


 彼女の心情を察し、エルフィが出来事の補足をしつつあとから来た皆へと事の顛末を話した。

 もうこれで、皆とは友達ではいられないかもしれない。

 でもそれが、大我を殺したことの罰となるなら当然のこと。ティアは一人になることも覚悟していた。

 だが、アリシアもラントも、エヴァンも、怒ることなくそれを優しく受け止めた。

 そして、アリシアは優しくティアを抱きしめた。


「そっか……頑張ったんだな、ティア。あたし達が死んだと思わされて、それでも必死でここを守ろうとしてくれたんだな」


「え…………?」


「俺はそっちの気持ちの方が嬉しいな。それだけ大切に思ってくれたんだろ?」


「そ、それは……」


「裏切ったとかじゃなくて本当に良かったよ。ここまででたくさんあんたの偽物を潰してきたけどさ、やっぱり本物のティアは違うよ。とっても優しいもん。あたし達がよく知るティアだよ」


 全身を縛り付けていた心の鎖が、友の優しさで少しずつ解けていく。そんな気がした。


「大我もそれを分かっててさ、自分からは手を出さなかったんでしょうよ。ったく、根性据わってるどころじゃねえわ……兎も角、ティアが一番大我を心配する権利があるよ。むしろ、それでずっと側にいてやれないなら、信じてやれないなら、あたしはそっちの方を許さねえ」


「悲しみすぎちゃいけないよ。大我君は君を信じて耐えて、あの偽神から解き放った。それを成したんだ。今度は君の番だ」


 三人からのとても優しい言葉が、張り裂けそうだった心に深く、深く、優しく染み込んだ。

 信じてもいい。大我が助かることを願ってもいい。それだけでも救われた気がするのに、みんなは自分を包み込んでいった。

 本当に優しいのは私じゃなくてみんなだよ。

 そう言いかけた謙遜の声をぐっと飲み込み、ティアは純粋なお礼を涙ながらに口にした。


「あり……がとう…………みんな……ぁ…………」


 それを言うのは、この戦いが終わったあと。

 本当に優しいみんなへの言葉は、平和が戻った時に残しておきたい。

 ティアはそう思いながら、心の苦しみにもがき続けた先の微笑みを見せたのだった。


「よかったよかった………………っ!?」


 友達同士が分かたれる様子は、どこの誰であろうと見たくない。

 そう思っていたエヴァンが安堵の声を漏らしたその時、これまでとは違う敵の気配を感じた。

 つい先程まで驚異的な強さの敵を一戦を交えたばかりだというのに。

 この状況で見事な追い打ちだと、憎たらしく思いつつ感心しながら、エヴァンは腰のナイフに手を当てた。

 それを見たラント、連鎖してアリシアとエルフィも一気に警戒を強めた。


「……エヴァンさん、いるんですか」


「うん。なにかはわからないけど、ちょっと嫌な予感がする」 


「なっ、みんなあそこだ!!」


 真っ先に気配の正体を掴んだのはエルフィだった。

 声を上げ、慌てて指差した方向に全員の視線が向く。

 そこにいたのは、これまで何度も対峙してきた量産型のティア達。

 しかし、それまでとは大きく違い、顔以外の全身の模造皮膚が大きく欠けており、まるでスケルトンのような内部機構を曝け出した状態で姿を現したのだった。

 そして、ここにあってはならない物が共に存在していた。

 それは、かつて人類を殲滅する為に用いられた、大昔の自動兵器群だった。

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