第401話 分岐点 ③ 3
避難所から出発し一緒にアルフヘイムへと進んだ仲間達も、今では周りには誰もいない。
しかしそれは絶望から来る状況ではない。共に走る仲間を信じ、戦いに残したからこその今である。
敵の中枢部までは間もなく。大我とエルフィは託されたその身で止まることなく突っ走った。
「エルフィ、あいつらはまた現れないか」
「今の所そんな様子はねえ。何か仕掛けられてんのかもしれないけど、邪魔が入んないならありがたく進もうぜ!」
「同感!」
ついさっきまでの待ち伏せをされた時と同じ雰囲気。四方からの攻撃の気配が見られない。
エルフィも可能な限りサーチを試してみると、敵の存在は検知できなかった。
何があるのかもわからないが、今はとにかく進む。
ここで止まれば、情況が一気に不利に傾き続けるのは感覚として感じている。
ずっと走りっぱなしで息が上がり始めながらも、大我はそれを意に介さなかった。
エルフィも、彼の口に出さぬ意志に応えて、度々風を吹き上げ身体を浮かせたりと、疲労を増やさない工夫を与えた。
日常の風景がまるで侵入者を喰らう機を待つダンジョンのよう。
それでも大我とエルフィは、ひたすらに走り続けた。
そして、ついに世界樹ユグドラシルの目の前、樹を中心に円形に広がる大広場へと到着した。
普段ならば、子供達が自由に遊び、人々が道行き好きに散歩し、時に腰を落ち着けて心を癒やすアルフヘイムの祝福された憩いの場だった。
だが今は、そこには誰一人として見当たらない。
楽しそうな声も、人々の足音も、全ては吹く風よりも聞こえない。
広場は今、不吉な程の静けさに包まれていた。
「……誰もいない」
「待ち伏せする場所もないしな……大我、背後には気をつけとけよ」
大我は意識を研ぎ澄ませつつ、広場に足を踏み入れる。
周囲を警戒しつつ歩く間にも、エルフィは世界樹のシステムへのアクセスを試みていた。
しかし、苦虫を噛み潰したような顔を見るに、どうやら結果は著しくなかったようだ。
「ダメだ。予想はしてたけどアクセス遮断されてる。どこの扉も開けられねえ」
世界樹にはいくつかの入口があり、南口側に存在する正門以外にも、人々が認識できないだけで擬態した扉が存在する。
しかしそれは、この世界の仕組みを知っていてかつ、アリアの眷属である者しか使えない。
エルフィは駄目もとでその扉を開けようとするが、完全にロックされており足を踏み入れることはできなかった。
「完全に閉鎖してれば侵入もクソもないよな確かに……どうすっかなこれ。いっそ、壁をぶち壊してでも」
「待て、一個だけ開けられる扉があった。これは……南口の正門だ。いつも使われてる奴」
しかし、その中で希望が見いだされた。
開放可能な世界樹の扉が一つだけあったのだ。
だが、どれだけ戦いの知識が無いものでも理解できる。これは明らかな誘い込みであると。
それでも、今の大我にはそれしか道はなかった。
これは、生死を分ける大きな賭けである。
「…………行くしかないよな。それ以外はどうにもならないんだろ」
「まあな……俺達ならなんとかできるさ」
大我とエルフィは迷わなかった。
たくさんの仲間が作り出してくれた架け橋を無碍にすることなどできない。
最もアリア=ノワールに近いのは自分達。背負った覚悟は貫く義務がある。
ゆっくりと確実に、急ぎつつ警戒しながら前進した。
広い分その距離は長くなる。東南東側から出てきたが故に、正門までの距離はさらに長くなってしまった。
少しずつ少しずつ、一人と一匹は歩みを進める
「もうそろそろか。大我」
「わかってるよ。覚悟を決め……」
もうすぐ、彼らにとって特に見慣れた場所にたどり着く。
何が起こるかわからないが、何が起きても不思議ではない。
改めて気持ちを整えようとしたその時、突如少女の声が聞こえてきた。
「はああああああっっ!!」
「っっ!?」
その声は気迫と闘気に溢れ、一気に大我に近づいていた。
声の方向へすぐに視線を移すと、大我に向かって今にも剣を振り下ろさんとする人影が飛びかかってきていた。
大我は咄嗟に足元に力を入れ、小さな爆発で距離を稼ぎつつバックステップにて回避した。
空振った剣は地面へと振り下ろされたが、少女はすぐに体勢を立て直し立ち上がった。
誰もいないはずの場所に現れた人物。それは、大我とエルフィにとってとても大切な人だった。
「嘘だろ、どういうことなんだよ……これ」
大我に襲撃した少女が、隠すこともなく堂々を顔を晒す。
彼女の姿を見た瞬間、大我の中で燃え上がっていた闘志が砂となるような感覚が湧き上がった。
それは紛れもなく、攫われたティア=フローレンスその人だった。
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