第388話 騎士の矜持、憧れへの道筋 7

『ありがとう、私達が到着するまでは君が戦ってくれたのだろう? 協力、感謝する』


 騎士団の戦いぶりに思わず見惚れてしまい、言葉を失っていたエミルに、リリィが笑みを見せながら手を差し伸べた。

 エミルはそれを握り、彼女の声に乗る確かな感謝の意を受け取った。

 騎士団の団長という憧れの先の存在にお礼を言われる時が来るとは思いもしなかった。

 技量から振る舞い、戦術、意識、どれもが自分とは全然違う。それを改めて思い知らされた。

 戦いの緊張が解け、また別の緊張が生まれる。

 

『ああ……なんというか、偶然ここにいたというか……』


『それでも構わない。元々その為に居た訳でなくとも、君がこの村の人々を守ろうと動いてくれた。私はその事に感謝したいんだ』


 恥ずかしげもなく、誇り高い言葉を向けくれる様は、まさしく理想的な騎士という他無い。

 一点の曇りもない姿は、かつての憧れを今に引き戻すには十二分の輝きがあった。


『こちらこそ……ありがとうございます。私はエミル、エミル=ヴィダールと言います』


『改めて名乗ろう。私はリリィ=フィデリッテだ。またいつか、君のような素晴らしい戦士と会えるのを楽しみにしている。私はそろそろ、失礼させてもらう』


 互いに名を名乗った後、リリィは村の方へと足を向けてエミルの側を去っていった。

 緊張と興奮によって、収まらない胸の高鳴りが続く。

 そんな舞い上がった気分は、直後、リリィを追った視線の先に広がる光景によって、別の緊張に上書きされつつ落ち着きを取り戻させられた。

 

『大丈夫だよねママ!? お願い痛いの直って!』


『だ、大丈夫よ……心配かけさせちゃって……ごめんね……』


『もう少しの辛抱です。今痛みを取っていますから。間もなく第4部隊の増援が来ますからね』


『ようやく店が開けたと思ったのに……あいつら何もかもぶち壊しやがって……!』


『残念だが……メリールはもう動けそうにないな。奴等のせいで脚が折れてる』


『大丈夫だよ、私達がついてるからね』


 その光景はまさしく、阿鼻叫喚の様相。

 罪のない一般人が傷つけられ、苦しみの悲鳴を上げている。

 そんな人々の側で寄り添い、戦いの後もそれぞれの心情のケアや助力に力を入れる騎士団の者達。

 暴動の鎮圧で終わらせないその姿勢は、やはり人々を守る騎士団なのだという姿がとても強く伝わった。

 エミルは、彼らと同じように、自然と、自ら村の人々への手助けに向かいながら、胸中にある三つの強い思いが生まれたのだった。

 一つ目は、やはり今のまま、傭兵のままでいるのは駄目だということ。

 いつか憧れに近づけるようにと思いながらも、このままではどんどん遠ざかっていくような気がする。

 あの場所を目指していたのに、傭兵に甘んじていては結局何も変わっていないままなのかもしれない。

 もっと力をつけなければ。その為には、正しくネフライト騎士団の団員となり、学ぶ必要がある。

 二つ目は、人々を助けるには、自分一人の力だけでは足りないという事。

 一人で助けられる範囲には、どれだけ強くなろうとも確実に限界が訪れる。

 その為には、他者の助けは必要不可欠。それこそが、騎士団という集団の利点でもある。

 同じ志を持った者達。通じ合う物があるのだ。それこそが結束を強め、人々を助ける一つの武器となりうるのである。

 そして三つ目が、新たなる憧れ。

 初めて出会ったリリィという存在。それは、エミル自身が理想とする騎士の姿そのものだった。

 目指す目標、進むべき頂。騎士団への憧れは明確に再点火され、彼の心はかつてのように燃え上がり始めたのだった。 

 己の内側に湧き出た願望を叶える為には、うかうかしていられない。

 エミルは騎士団の手伝いを行いながら自分の気持ちを整理し、明日からの日々をどのようにして進もうか、新たなプランを考えるようになったのだった。


 それからのエミルの努力は、さらに強度を増していった。

 願望は人を強くする。それが誰であろうと、どんな目的だろうと関係ない。

 願望という根幹が出来た者は強い。それを叶える為ならひたすらに突き進めるのである。

 そして、さらに月日が流れた先で、エミルはついにネフライト騎士団への入団が決定した。


『やったなエミル! ようやく騎士団に入れたんだな!』


『前から入りたいって言ってたもんね……本当におめでとう』


 彼を知る者は心の底から祝い、新たな門出を送り出してくれた。

 エミルはこの頃から、大きな人望を持っていたのだった。


『もうそろそろ食事の時間だぞ。飯食う時間も考慮しないと、片付け手間取っちまうぞ』


『はい! ありがとうございます! でも、あともう少しだけ……』


『頑張るな……俺はそろそろ行くけど、身体壊さない程度に頑張れよ。お前に助けてもらった分、今度はこっちがいつか助けなきゃ釣り合わないからな』


 それは騎士団に入っても変わらなかった。

 エミルの真面目な人柄、努力ぶり、頼りになる姿、そして、めきめきとついていく確かな実力と成果。

 それらは次々と周囲の仲間達を惹きつけ、月日を重ねるにつれて、確固たる信頼を築き上げていった。

 様々な事件や戦いは彼を成長させ、いくつもの学びや経験と共に、騎士団の上に立つものに相応しい力を備えていく。

 そして、彼はいつしかネフライト騎士団の第1部隊の隊長、さらには副団長にまで上り詰め、自身が抱いていた、沢山の人々を助けられる立場に立つことが出来たのであった。

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