第387話 騎士の矜持、憧れへの道筋 6
『あ、貴女は……』
『私の名前はリリィ=フィデリッテ。ネフライト騎士団の団長だ』
エミルが憧れていた場所。そこの長が、何の因果か眼の前にいる。
彼女が口にした言葉が未だ信じられない。なぜここにいるのかもわからない。そう思いかけた直後、一度倒れたグリクが再び起き上がり襲いかかろうとしていた。
『ぐっ……この野郎……! てめえも奴隷にしてやらぁ!!』
『っ!? 危な……』
エミルの視界に写る後方からの危険。
だが、リリィはそれに動揺する様子は無く、大きな余裕を抱いていた。
そして、振り向きざまに、無駄のない動作で剣を振るい、グリクの降ろした剣をいとも簡単に弾き飛ばした。
持ち主から離された剣は回転しながら宙を舞い、地面に突き刺さる。
『その程度の不意討ちで、私を討てると思うな』
『がぁっ!!』
それからはもう斬り捨てる必要すら無いとばかりに、柄部分で胸を殴って大きく蹌踉めかせた。
怯んだグリクがなんとか体勢を立て直そうとするも、その後方からまた別の騎士団員が彼を拘束した。
『団長! 確保しました!』
『ぐっ……離しやがれてめえ!!』
『よし、よくやったティリクス。そのまま手足を拘束して馬車へ連れて行け。このまま制圧に向かうぞ!!』
リリィの後方から次々と足を踏み入れ始めた、ネフライト騎士団の団員達。
それと同時に、どうやらならず者達を挟み撃ちにしたのか、前方からも何かがぶつかり合う音や叫び声が聞こえてくる。
たった一人の、偶然なる孤軍奮闘が、予想外の形で一気に形勢逆転となった。
『なんで騎士団がいるんだ!? 俺達ちゃんと隠れてたはずだろ!?』
『来んじゃねえーーー!!』
『そっちに逃げたぞ! 一人として逃がすな!! ここで全員確保するんだ!』
『大丈夫だよ、私達が来たからにはもう大丈夫だからね、安心してね』
奪われた村の物資や、強引に連れ去られた人々の保護、ならず者達との対峙。
一瞬にして荒れた村を直すように、次々と騎士団は進んでいった。
その中でも特にエミルの目を引いたのは、団員達の戦いぶりだった。
『ここで捕まってたまるかよォォォ!!!』
ならず者の一人が、なんとしてでも抵抗せんと奪った剣を力任せに振り回し、団員に襲いかかった。
それに怯むことなく、よく見ればワンパターンな軌道をしっかりと見極め、傷一つ負わず見事にそれを剣で捌き切って見せた。
そして、相手を上回る力で剣撃をぶつけ返すと、ならず者の手に痺れるような衝撃が伝わってきた。
団員はそれを見逃さず、そこにもう一閃を叩き込み、いとも簡単に手から剣を離させた。
『嘘だろ……』
『その程度で私達に勝てると思うな。鍛錬の差が違うんだ』
その言葉は、エミルにも強く突き刺さった。
これまで自分なりに動き、いずれは憧れの騎士団に入ろうと頑張り続けてきた。
その目的や願望も薄れ始めていたが、それでも己の力をつけて磨き続けていた。
だが、今ここで間近で見る団員達の戦いぶりは、自分なりに作り上げ学んできた戦い方よりもとても洗練されている。
一人ひとりのレベルがとても高く、一対一で全力で戦ってなんとか一人倒せるかどうか、としか思えなかった。
気づけばエミルは、それぞれの戦いぶりに視線が釘付けになっていたのだった。
『な、なんでお前らがここに……! 騎士団には嗅ぎつけられてなかったはずなのに……!』
『私達には優れた調査部隊がいるからな。足跡を残さず探る事など造作も無い。さて、お前達の足は完全に止めた。大人しく引導を渡してもらおう』
第3部隊からの情報の精度は、とても大きな信頼度が付属する。そこから導かれた情報によって、リリィは進行を決めたのであった。
倒れたならず者へ圧をかけながら、エミルの横を歩きつつゆっくりと近づくリリィ。
だがそれでも、ならず者は諦めてはいない。むしろここで秩序を保つ集団の長を殺したとなれば、大きな名が轟くことは間違いない。
無謀な願望を抱き、目の前まで近づいた瞬間に跳ねるように起き上がり、懐に密かに忍ばせたナイフで鎧の隙間を貫こうとした。
しかし、追い詰められた者の稚拙な逆転の判断は簡単に読まれてしまう。
ならず者のナイフは片手でいとも簡単に掴まれ、手首を潰さんばかりに握り締められた。
『がああああっ……!!』
『往生際が悪いぞ。これで終わりにさせてもらう』
『す……すごい……!』
そのひたすらに洗練された判断、それを実現する実力。
その女騎士の背中は、エミルにとってはとても太陽のように輝かしい者に見えたのだった。
こうして、村を突如荒らし始めたならず者達の暴動は幕を降ろされたのであった。
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