第386話 騎士の矜持、憧れへの道筋 5

『オラあああああああああ!!!!』


『ぐっ……!』


 普通よりも一回り大きな巨躯から繰り出される力任せの剣撃。

 エミルはそれを正面から受け止めたが、先程の女子供を傷付けるのにたいした力はいらないとばかりに手を抜いた一発よりも明らかに重かった。

 たいした技術も無い力任せの攻撃。だがそれ故に、剥き出しの敵意や殺意がそのまま剣に乗る。それは時に予測できない脅威となる。

 

『ふんっ! はああっ!!』


 エミルはぶつかりあいからなんとか弾き返し、がら空きになった胴に一閃を放つ。

 だが、ならず者の身に着けていた皮の鎧に傷をつけたものの、その刃は身にわずかしか届いていなかった。

 エミルの胸中に湧き出した怒りが剣をブレさせ、いつもの技術が出せなかったのだ。


『ちぃっ! てめえこれから出るのによォ! また替えなきゃならねぇだろうが!』


 ならず者はより怒りを増し、さらに力任せにぶん回し始める。

 怒りはその者の技術を鈍らせるが、瞬間的な馬鹿力は確実に増大する。

 ひたすら力任せで野蛮な戦い方をする者にとっては、それはプラスに働いた。


『オラオラオラァ!! てめえも殺されてみるかァ!?』


 エミルはその無秩序な攻撃の数々に付き合わず、徹底的に回避することに決めた。

 大振りでコースも読みやすく、力のままに振り回し続ける。だが、技術がそこまで見られない分、何をするかわからない。

 反撃の瞬間を見極めることが、今必要なこと。なんとか胸の内を抑えようとしながら、エミルは己の指針のままに動いた。


『どうした! 避けてばっかりじゃ俺を殺せねえぞ!!』


『乗せられるな……落ち着け……!』


 自分が優位に感じたならず者の挑発に耳を貸さないように意識しつつ、何度も大振りの剣をかわしていくエミル。

 距離を取りつついつか息切れする時を待ち、手は出さずとも集中し続ける。

 そして、わずかに今までなかった、より無駄なよろめきが見えた瞬間、エミルはそれまでに鍛えた瞬発力を元にショルダータックルを放った。


『がっ……なにいっ!?』


『はああああっっ!!』


 追い詰めつつあることを疑っていなかったならず者は、驚きの声と共にバランスを崩し、足元をふらつかせる。

 自ら作り出した大きなチャンスを逃すことなく、エミルはそこに横斬りの一閃を叩き込んだ。


『がああっ……!』


 傷は深くは無いが、戦闘不能にするには充分な傷。

 ならず者は痛みに叫びながら、その場に倒れ込んだ。


『ふう……その武器、潰させてもらう』


 おそらく勝利と言ってもいいだろう状況。

 だが油断はならないと、エミルはすぐに駆け寄り剣を奪おうとした。

 その時、ならず者の左手が地面から思いっきり振り上げられた。


『このままやられるかよォ!!』


『ぐっ! 砂……!?』


 一瞬の油断だった。エミルの顔めがけて、倒れた拍子に握られたいっぱいの砂が投げられた。

 反応が遅れ、振り払いも間に合わなかったエミルの視界が遮られてしまう。


『今だ! やっちまえグリク!』


『おうよ! こいつも俺達の奴隷に』


『まさか、囲まれて……うっ……』


 勝てば良いという原則の下にある、騎士道もなにもないダーティーな戦い方。

 運悪く二人の側にいたならず者の仲間が、視界を奪われ動けないエミルの背中をちょうど取っていた。

 既に見えない刃は振り上げられている。万事休すかと思われたその後、エミルの背中から聞こえたのは男の悲鳴だった。


『ぎゃっ……!』


 味方も見当たらなかったこの状況。一体何が起こったのかと、情報が足りずいまいち頭が追いつかないエミル。

 ようやく目の違和感を拭い去り視界を確保すると、目の前にいたならず者はそれまでとは違う、失敗の二文字を意識した表情に変わっていた。

 何がどうなっているのか。エミルが後方へ振り返ると、そこには、グリクと呼ばれた仲間の倒れた姿。

 そして、その先にいたのは、一人の女騎士の姿だった。


『大丈夫か、そこの君。無事ならば良いが』


 まるでヴァルキリーの如き、美しくも凛々しい出で立ち。

 そう、彼女こそが、ネフライト騎士団の団長、リリィ=フィデリッテだった。 

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