第389話 騎士の矜持、憧れへの道筋 8

『よくぞここまで頑張ってくれた、エミル。まさか、初めて出会った時から隣立つ者になるとはな』


『ありがとうございます団長。これからへ第1部隊隊長、そしてネフライト騎士団副団長として、沢山の人々の為に、誠心誠意戦わせて頂きます』


 第1部隊隊長、そして副団長としての任命の日。

 初めて出会った当時から大きく成長したエミルは、顔つきも変わり、騎士として相応しい振る舞いも新たに身に着け、比べ物にならないような強さも持ち合わせていた。

 ついにここまで来た。あの時助けられ、新たに憧れた人の隣で、もっと人々を助けられる。

 ブレることの無かった信念は、彼をここまで突き動かし、目指していた場所まで動かしたのだった。

 対面に立つリリィも、どこか誇らしげな表情をしているように見えた。


『その意気だ、エミル。あの時、君に対して期待を抱いていたのは間違いではなかったのだろう』


『……! ありがとうございます……私の事を信じていただいて』


『私と共に騎士団を背負うその覚悟、信じているぞ。さて、この後軽く手合わせでもしようじゃないか。成長したエミルの実力、改めて確かめておかなければな。時間は大丈夫か?』


 己がずっと抱いていた目標の人物からの誘いに、エミルには断る理由が無かった。

 はい、と一言だけ返すと、リリィは背中を向けてその場から離れていった。

 

『よし、では今日の夜20時から手合わせしよう。エミルの剣、楽しみにしているぞ』


 そう言って、リリィは団長室へと一人向かっていった。

 エミルの胸には、これまでの多大なる積み重ねが花開いたような、魂がまるで昇華したような暑い感情が湧き上がった。

 だが、ここが終わりではない。むしろここかりが始まり。

 団長と共に、他の隊長と、団員達と共にたくさんの人々を守っていくのだ。

 エミルはぎゅっと拳を握り締め、新たなる始まりの一歩を踏みしめた。


 一人団長室へと戻ったリリィ。

 扉を閉めて完全な一人となった瞬間、凛々しく意思を感じさせる表情は消失し、無駄のない歩き動作で机へ向かい、接続端子が露出した椅子に首筋の接続口に差し込むように座り込んだ。


『情報更新。ネフライト騎士団の組織構成が変更されました。更新された情報のアップロードを行います』


 警察機構を管理する女性型ロボットという役目を与えられて製造されたリリィ=フィデリッテという存在は、誰かの子として産まれたわけではなく、その過去も全てアリアが作り出した虚構に過ぎない。

 個人ではなく秩序の頂点になるべく造られた人形と言ってしまえばそれまでだが、リリィという存在は確実に大きな影響を人々に与えている。

 彼女の強さに、毅然とした振る舞いに救われた者。

 彼女に影響され、正道へと歩みを進めた者。

 彼女の騎士としての姿に感銘を受け、新たなる一歩を進み始めた者。

 騎士の理想たる姿は、それまさしく現代で言えばアイドルの如く。 

 傀儡の騎士団長の存在は、正しく進むべき秩序機構には必要不可欠であり、かけがえのない存在でもあったのだ。

 それらの運命が絡み合い、エミルとリリィは騎士団として共に歩むようになったのだった。




 そして、今その騎士団の頂点である一人と一体は、炎と轟音と土煙が乱れるアルフヘイムにて、敵同士として剣を交えているのである。


「…………団長、あのアリア=ノワールに何かされたのですか」


「攻撃パターンを再構築」


 秩序に従う人形ではなく、新たなマスターの下でただ敵を斬り捨てるだけの人形兵器となったリリィには、彼女の実態を知らないエミルの声は届かない。

 音声を耳に入れてはいるが、それはただの殲滅対象の言葉として処理され、対話の必要性を排除されていた。

 どれだけ言葉をぶつけても、意思疎通が行われず、ただ淡々とした言葉だけが彼女の口から紡がれるのみ。

 洗脳されたという可能性しかエミルには考えられないが、ここまで人間性を排除する必要があったのかと、彼の中に憤怒の感情がこみ上げ始めた。

 憧れの団長をただの駒として動かしていることに。人としての尊厳を奪っていることに。何より、いつか来るはずだった全力をぶつけ合う戦いをこのような侮辱に近い形で与えられたことに。


「────わかりました。ならば、私は今ここで団長に勝つ!! そして正気を取り戻してみせる!!」


「敵性体の状態変化。現行動の変更は必要無しと判断。引き続き、敵性体の殲滅を続行します」


 己の中で積み上げられた感情と、冷徹なタスク処理がぶつかり合う。

 アルフヘイムを救う為にも超えなければならない強大かつ巨大な壁。

 強固なるプログラムの糸を植え付けられた憧れの存在という形で与えられた、彼にとっての人生最大の試練。

 無数に渦巻く感情をフランヴェルジュに宿し、エミルは己の全てを賭けて立ち向かっていった。

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