第382話 騎士の矜持、憧れへの道筋 1

「……団長?」


「……何か妙じゃありませんか?」


 最初は、自分達の慕う団長が無事だったことを喜んでいた二人。

 だが、すぐに襲われた違和感によって、その表情は陰りを見せた。

 あのような姿は見たことがない。立ち振舞の時点でどこか別人のようにも感じられる。

 リリィは周囲の状況に動揺も反応する気配もなく近づいてくるが、途中、引き起こされている戦いの最中に飛んできた石の破片が、真っ直ぐリリィの方へ向かった。

 大きさこそそこまでではないが、当たれば痛いと確実に漏らす代物。

 リリィはそれに対して、避ける素振りすらなく、そもそも必要ないとばかりに、直に頭部に受けてしまった。

 小さく鳴る硬質な衝突音。髪の毛で隠れているが、命中した箇所の模造皮膚は小さく破け、金属骨格の色が露出していた。

 それを見た二人の違和感は、より強くなっていく。


「あんな石礫が当たって、痛がる素振りも見せないなんて」


「普段のリリィ団長ならば、あの程度の石なら簡単に避けるか、斬り捨てられるはずです」


 一挙手一投足から感じる、非人間的な違和感。

 本当にあの団長なのか。もしかしたら、ここまでの間に無数に表れたティアと同様に、偽者として造られた存在なのか。

 喜びの感情は、リリィが近づくごとに薄れ、次第に剣を構えての臨戦態勢となっていく。

 そして、はっきりと姿形も、表情まで見える位置まで距離が縮むと、リリィは立ち止まった。

 その姿は、酷く無感情で人形的に見えた。


「団長、ご無事だったようで何よりですが……その様子、一体何かあったのですか」


「………………」


 エミルは真正面から、彼女の状態について問い質す。

 だが、リリィは一切身動ぎせず、聴いているのかすらわからないまま返事を返さなかった。

 瞬き一つせず、姿勢がブレる様子も無い。今までの団長として威厳ある姿はどこにも見られない。


「……団長、せめて返事の一つでも」


 改めて質問しようとしたその時、リリィはゆっくりと剣を引き抜いた。

 一切の無駄が無く、美しさすら感じそうな程の流れるような動作。

 そして、その切っ先はあろうことが、エミルとエウラリアに迷いなく向けられた。


「登録された敵性体の存在を確認。リスト内に存在する登録名、エミル=ヴィダール、エウラリア=ローランと一致しました。これより、敵性体の排除へ移ります」


 その声には、人間らしい豊かな感情は無かった。

 とてもはっきりとした抑揚。感情の起伏が無い喋り。まるで、冷たく血の通っていない、まさしく機械人形のよう。

 たった今二人が耳にした、決して幻聴でない声に、迷わず剣を握った。

 本物かどうかはわからない。もしかしたら本物かもしれない。どちらであれ、今、目の前の団長は自分達に対して名核な敵意と害意を向けている。

 リリィの実力は二人がよく知っている。それ故に、油断すれば死に繋がるのは最も理解していた。

 そして、リリィはその冷淡なメッセージの後、まるで獅子が駆けるように一気に距離を詰め、エミル目掛けて刃を突き放った。

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