第374話 あなたが誰であっても 16

「待ってて、セレナ!!」


 戦乱の中に作り上げられた、友達へ繋がる道。

 ルシールは迷わず、しかし恐怖を抑えながら走り出した。

 周囲を飛び交う、無限とすら思える程の雷剣と火球。

 その殆どがアレクシス達に向いているとしても、それでも足が竦んでしまいそうになる。

 だけど止まるわけにはいかない。クロエのおかげでより引き上げられた力を行使し、自身に飛んでくる一部をなんとか打ち消し避けながら、危険な道を着実に進んでいった。

 一方、空に漂っていたビットからの襲撃を受け始めたアレクシスと劾煉は、四方八方からの絶え間ない攻撃に耐えながら反撃していた。

 身のこなしの軽い劾煉は、降り注ぐ攻撃の回避を最優先にしつつ、真正面からビームや体当たり、さらにはレーザーソードを振り回すビットに高速の裏拳、足刀、鉄山靠と、無数の体術を叩き込んだ。


「ぐっ……些か暇がないな。光の刃にも迷いが無い。隙を見せれば死は免れぬ……だが、此れでこそ闘いよ!!」


 刹那に見える死の線が、劾煉の身を傷つけながら心を癒やしていく。

 刃を向け、拳を叩き込み、今度は振られる前に蹴りを入れ、そこに魔法が降り注げば、ギリギリで回避する。

 磨き続けていた体術がようやく花開く時が来た。劾煉は、この世界に生まれてから最高潮の瞬間を今、体験していた。


「すげえなあありゃあ、ゾーンに入ってやがる。おおっとぉ!! あの得体の知れねえ光の刃をものともしてねえや」


 一方のアレクシスは、豪快にマナを消費して巨大な岩壁を作り上げ、降り注ぐ魔法を防ぎつつもその豪腕でビットを強引に殴り抜けていた。

 その莫大な威力に、動作系統へのエラーを起こすが、それでもその頑丈さは折り紙付きで、密度の高い攻撃が止む気配が無い。


「しかし怯まないな……どこかで一気に決めないと、俺達が消耗させられる。頼んだぞ、ルシール」


 このままでは同時に叩くどころか本体に届いたのが先の一回だけになってしまう。

 そこにある唯一の希望はルシールだけ。

 神が中にいる中で神に祈るのは、少し面白いなと思いながら、アレクシスは真っ直ぐ走り続ける彼女に密かなエールを送った。

 そして、ルシールはなんとか、セレナが植え付けられた巨体の上へとたどり着いた。

 

「酷い……! なにこれ……!」


 ルシールはその凄惨な姿に、目を逸らしそうになった。

 遠巻きに見てもそうだったが、間近で見るとまさしく、真下の巨体に取り込まれたように下半身が存在していない。

 身体中の皮膚は汚れ傷ついており、ところどころに中身にまで届きそうな程の深い傷もあった。

 眼は終始虚ろで、いつも自分と話したり、食堂のスタッフとして輝いていた姿はどこにもなく、まるで死んだように見える。

 それでもルシールは、大好きな友達を救い出そうと、肩を掴んで気づかせようと揺らした。


「ねえセレナ! セレナ! 私のことがわかる? ねえ、セレナ!」




 そして、モヤと黒い視界だけの世界にいたセレナは、その少し前、自分の方へと不思議な灰色のモヤが近づいてくるのを見た。


『さっきの……私に近づいてくる……?』


 それまでの真下で蠢いていたモヤ達と違い、自分と同じ目線で向かってくるその灰色のモヤ。

 ずっと敵意と嫌悪に満ちていた心に差し込んだ、唯一の温かさ。

 しかし、そんな存在が近づいてくるというのに、セレナの胸中には矛盾した感情が渦巻いていた。

 来て、来ないで、早く来て。来ないでほしい。

 二つの気持ちが同時に噴き出し、自分でもわけがわからなくなっていた。

 そして、それがとうとう目の前に来ると、まるで何かを言っているように顔の目の前で動いていた。


『なに、いったい何を言ってるの……?』


 その答えは、直後に唐突かつ残酷に訪れた。

 下のユミルとの接続が正常に行われていなかったことで続いていた、偽神の天眼の視界不良。

 その問題が大方解決され、ついに正常な視界が取り戻されたのだった。

 今までの暗闇が晴れ、彼女の視界に映し出されたのは、各所で煙が噴き上がり、崩壊の足音が聞こえていたアルフヘイム。

 自分の身長に比べて異様に高い視点。

 そして、目の前で今にも泣きそうな顔で自分の名前を呼び続けていたルシールだった。


「セレナ! セレナ! お願いだから返事をして! ねえ!」


「…………ルシール……?」


「セレナ! よかった……気がついてくれた……」


 やっと返事を返してくれたことに、ルシールは安堵の声を漏らした。


「なんでそんな必死に…………!!!」


 いつものように、自分が引っ張るようなやり取りになるのだろうか。だが、そうはならなかった。

 セレナは、自分の今の姿を自覚してしまったのだ。

 偽神の天眼の視覚範囲は、半径1・5キロメートルの円形の空間内全て。

 つまりそれは、自分の姿も鏡無しに見ることが可能なことを示す。

 足も身体も動かない理由も、妙に身体の動作が慣れない理由もわかった。

 セレナは知らなかったのだ。自分が巨人の如き怪物と繋げられているなど。

 あまつさえ、身体の半分が無くなり、傷ついた状態のままだということを。

 そして、自分の一番の友達と思っており、一番正体を知られたくなかったルシールに、今全てを見られてしまっていたことに。

 こんな醜い姿を、ルシールに見られてしまったことに。


「あ……ああ…………ぁ………………」


 暗闇の空間でただでさえぐちゃぐちゃに掻き乱され、怒りのままに発露していた心に、最後の一刃が刺さった。

 セレナの奥深くで、何かが吹き飛んだ。


「いやあああああああああああああああああ!!!!!!!!!!」

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