第375話 あなたが誰であっても 17

 劈くような慟哭が、巨体の方から響く。

 その時、突如雷火の雨は止んだ。

 同時に、アレクシスと劾煉を執拗に襲っていたビットの動作も停止した。

 

「止まった……? 今の叫び声は刺さってるセレナの方だな」


「拙等の一撃が入っているとはいえ、唐突に止まるとは考え難い。一体何が……」


 応戦を続けたビットは、接近戦を挑んだ代償か、既に元の形から大きく変形する程にべこべこになっていた。

 だが、それでも稼働を続け、攻撃を絶やさない無機質なタフネスが、二人への大きな打撃となった。

 四方八方から襲い来る乱撃の雨を回避し耐えながら肉弾戦を見事にこなしていても、膨大な数の攻めを与えられれば、どうしても避けられない瞬間、傷を負う瞬間が発生する。

 その数は、攻撃数が増える程に確実に増加する。

 劾煉は全身に裂傷が生まれ、至る所から血が流れ出ていた。隙間の無い無作為な連撃に呼吸を整える暇も与えられず、無数の負傷を負ってしまっていた。

 極限の高揚感と刹那のやり取りが、身体中の痛みを完全に抑え、一時的に彼はまさしく羅刹と化していた。

 アレクシスも同様に、左腕がうまく動かなくなるほどのダメージが蓄積し、全身に痛みが響いていた。

 土魔法による防御を使って備えながらも、攻撃の密度が上がる程に守りを作る時間も削られる。さらにはその攻撃の威力は弱まることを知らない。

 持久戦ではやはり、ユミルセレナに分があったのだ。

 そんな有利な状況で攻撃が止んだ。二人は明らかにおかしいと考え、劾煉はふと空を見上げた。

 そこには、かつて見た圧倒的な光景が広がっていた。


「なるほど、そうか。『シリウススパーダ』か」


 劾煉はいやに冷静だった。

 アレクシスも空を見上げ、無数に生成された巨大な雷剣をしかと目に収めた。


「あれがか……確かにあんなの、やられたらひとたまりもねえな」


「……だが妙だ。状況としては向こうが優勢であり、態々あの様な大技に移る理由が無い。一体これは……」


「……たぶんあの上で、何かが起きてるんだろうな」


 アレクシスの読みはまさしく当たっていた。

 セレナの悲鳴の直後、彼女はその場から動けない身体をばたつかせ、必死にルシールのことを避けようとしていた。

 その激情が彼女の、そしてユミルの魔法運用を過剰に稼働させ、シリウススパーダとして形になったのだった。


「いやあっ! いやあああっ!! 来ないで! 来ないでルシール!!」


「嫌! お願い……だから……落ち着いてセレナ……セレナ!」


 下半身から丸聞こえな機械音を激しく鳴らしながら、両手を拙い子供のように暴れさせてルシールを避けようとするセレナ。

 そのルシールは、確固たる意志でそこから動かず、むしろ一歩前へと踏み出した。


「こんな……こんな……ぁ……セレナの姿、かわいいセレナが……特に……ルシールだけには……」


「……ごめんなさい。セレナのことはもう、知っちゃったの。今までセレナは、隠れてみんなに酷い事を」


「言わないで!!!」


 それを言われたら、もう戻れない。絶対に。

 監視対象だけど、他のみんななんて実際割とどうでもいいけど、ルシールだけはなんだか放っておけなくて、一緒にいても楽しかった。

 他の誰かが死のうがどうでもいいけど、知られたら殺せばいいけど、ルシールだけにはそんなことしたくない。

 だから言わないで。それを言ったら────


「…………ううん、言う。セレナは、街のみんなに、色んな人達を手にかけてきたんだよね。私の知らない所で。そして、私の友達も殺そうとした」


「うう……ぁぁぁ…………」


 セレナの眼からは大粒の涙が溢れていた。

 都合の良すぎる涙としか言いようがない彼女の涙は、過去の罪に対する自責の念ではなく、大好きな一番の友達と心から思っているルシールに、自分の本性がバレてしまったからなのだから。

 一緒に触れ合ううちに、いつの間にかとても惹かれていった相手。

 それに失望されては、もうどうしようもない。楽しかった時間は全て終わってしまう。

 だが、もう自分の身体は、ひたすらに醜い兵器も同然となってしまった。

 いっそのことこの力でアルフヘイム一帯を全て壊してしまおうか。砕けて塵になってしまいそうだったセレナの気持ち。

 しかし、ルシールは真実を口にしながらも、ゆっくりとセレナに近づき、ゆっくりと抱きしめた。

 

「えっ…………」


「…………セレナがやったことは……絶対に許されることじゃないよ。だけど、私は……それでも友達だから。私が神憑でも、変にかしこまったり……とても丁寧に接するんじゃなくて……普通に話したり、遊んでくれたのは……セレナが初めてだった。それから、私の世界が広がっていったの。だからね……たとえ、あなたが誰であっても、友達じゃなくなるなんて……そんなこと、絶対にないから……ねっ」


 ふっ、とセレナの全身の力が抜けた。

 優しい。優しすぎる。度を超えたお人好し。聖女と言う他無い程に優しい。

 自分の正体を知った上でそんなことを言ってくれるなんて。

 ずっと隠し、騙し、殺し、見下し、監視し生きてきた自分とは正反対。ルシールの何もかもが眩しく見えてくる。

 セレナは自然と、新たな大粒の涙が流れ出た。


「バカ……ほんっとうに……ルシール……大バカじゃない……セレナは……敵なのに……」


「それなら、これから罪を償おうよ。どれだけかかるかわからないけど、私も手伝うから。どこまでも付き合うから。一緒に……ね」


 どこまでも献身的に寄り添ってくれる姿に、セレナはただ身体を震わせることしか出来なかった。

 全てを知っても、こんな姿になっても、愚直なまでに思いやってくれる。

 この時初めて、セレナは人生の中で感じたことのない嬉しさを胸の中に覚えたのだった。

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