第373話 あなたが誰であっても 15

 後方から鳴り響く無数の爆裂音。それは真っ直ぐユミルセレナへと接近する三人へも当然向けられる

 殺意に溢れた暴雨を駆ける中、アレクシスは右に左にと大きく回避しつつ、時に巨大な岩盤や岩石弾を作り出し、完全に避けることの難しい攻撃と相殺させた。

 劾煉は人並み外れた視覚と反応、身体能力をフルに活用し、一切呼吸を乱れさせることなく瞬時に最も被害が少なく済む進行ルートを判断し、それを縫うように走り避けていた。

 多少のかすり傷や破片の命中こそあるものの、それは必要経費として割り切っている。


「アレクシス殿! 如何されるか!」

 

「後ろがああじゃ、少なくとも同時攻撃ってのは無理だろうな。なら、俺らがあいつらの分も乗せて叩き込むしかないだろう」


「元々全力をぶつける予定だったはずだが、どの様にして?」


「……俺らが全力を超えてぶん殴るしかねえだろうな!」


「……ふっ、好みの答えだ!」


 それはあまりにも脳筋的な解決法だった。

 100%のさらに上を叩き込むという根性の据わった理論。

 しかしそれはそれで嫌いではない。土壇場で限界を超えるというのもまた一興。ここでやらなければ武人が廃るというもの。

 この絶体絶命とも言える状況で、さらに感情を昂ぶらせながら、劾煉は、そしてそれに密かに感化されたアレクシスは、崖から共に身を投げ出すが如く爆風の嵐を駆け抜けていった。

 そこから少し離れた位置で、ルシールも魔力に護られながら滑り進んでいた。

 劾煉のような身体能力も無ければ、アレクシスのようなパワフルさもない。

 それでも並んで進めているのは、彼女自身の魔法能力と、クロエが与えてくれた加護の力に他ならない。

 だがそれとは別に、この状況には明確におかしい点があった。

 降り注ぎ、与えられる魔法の物量が、ルシールだけ妙に少ないのである。

 そのおかげもあって、なんとかついていくことができていた。


「もう少し……もう少し近づければ届かせられる……きゃあっ!?」


 怖い。怖くて仕方がない。だけどセレナを失ってしまう方がもっと怖い。

 絶対にあそこから引っ張り出してみせる。

 作戦のポイントまであと少し。ルシールは魔法の出力を引き上げ、背中に自ら風を吹かせて加速した。




『まだ消えない……なんでよ、なんで残ってんのよ!! もう全部全部消え失せてよ!!!』


 同時刻。セレナは未だ真っ暗な視界で、自分に近づいてくる黒く不快なモヤを追い払おうとしていた。

 大半が消滅したのに、まだ残っている。まだ近づいてくる。

 どうして自分の力を以てしても消えてくれないのか。増幅した苛立ちがより怒りの感情を刺激し、さらに暴れ狂う。


『消えろ!! 消えろ消えろ消えろ!!!! 消えなさいよおおおーーー!!!』


 何度叫んでも、その状況は変わらない。

 得体の知れない恐怖が、セレナの胸を蝕んでいく。

 荒れに荒れていく彼女の心。

 だが、その単色の視界の中に突如、一つだけ違う色が現れた。


『何……あれ…………灰色……? 他と違う……??』


 暗闇と黒いモヤだけの世界に、一つだけ存在を認識できた灰色のモヤ。

 それだけは、他の不快な存在達とは何かが違っていた。

 今残っているモヤ達は、非常に機敏な動作をしており、自らに敵意を向けているのがわかる。

 だがその灰色は、挙動こそ不安定で危なっかしいが、なぜだか敵意を感じなかった。

 それどころか、不思議と懐かしい温かさを感じる。

 それがまるで自分にとって必要なものであるかのように。

 凶暴な感情に支配されたセレナに割り込んできた親和的な感情。彼女自身でもそれはとても不可思議に思えた。


『わからない……何考えてるのセレナは……なんでこんな、あぁぁ……ぐっ…………! 違う! 全部! 全部吹き飛ばしてやる!! 全部!!!』


 己に生じた感情を否定し、セレナはさらに己の魔法を加速させ、モヤ達の全滅を計った。

 

「なんか、嫌な予感がするな」


「新たな曲者……いや、見えていた加勢と言うべきか」


 ずっとユミルセレナの周囲を漂っていたビット。

 見守るように不気味に佇んでいたそれが、とうとうアレクシスと劾煉の側へと降り立った。

 そこに表情はない。無機質な機械。しかし、その奥底からは殺意が感じられた。


「ここからなら……いけるはず……!」


 そして、それと同時。ルシールは予め決めていた行動ポイントへとなんとか到着した。

 そこは、巨体の真上にくっつけられたセレナの姿がはっきりと見えてかつ、建物の崩れた瓦礫の山の上となる場所。二つの条件が合致した地点だった。


「クロエさん……この力、使わせて頂きます!」


 ルシールは、纏っていた魔力を両手に集め、セレナの方へ向けて放つ。

 すると、巨体の上へと繋がるように、強固な氷の道が次々と築かれていった。

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