第372話 あなたが誰であっても 14

「大層な準備じゃねえか……神の裁きとでも言いたそうだな」


 地上の存在を狩り尽くさんとばかりの光景にも、反抗的な軽口を叩いてみせる迅怜。

 だが内心は焦っていた。規模が違いすぎる。

 殆ど何の前触れも無く発動されたこれは、相当な手練が行った長時詠唱のレベル。

 こんなものを突然放たれてはたまったものではない。

 当然無事で済む逃げ場も無く、そもそもそんな敵前逃亡の選択肢は許されない。

 一体どうする。今備えている魔法を解いてでも逃げに徹するべきか。

 焦りと冷静の間で思考を揺らがせている一方、より強く危機感を覚えているのはクロエの方だった。


「龍が吐き出した獄炎は大地すらも焼き溶かす程の焦熱。だが、氷の精霊はそれすらも耐える絶対零度の氷壁によって護るべきと誓った旅人を……」

 

 クロエは途中まで進んでいた氷魔法の詠唱を中断し、即座に防御魔法へと転換した。

 視認した限りの威力は、おそらく先程受けたそれとは比べ物にならない。より強固な防御を築かなければ命すら危ういだろう。

 クロエは一心不乱に、詠唱とした本の一節を読み進め、より堅牢な氷の盾を作ろうとした。

 だが、それは唱え終わる前に放たれた。

 まるで神罰を具現化したかのような、雷剣と火球の集中砲火。

 今度は量産兵達のような勝手に分散される的も存在しない。全てが自分達に向けられる。

 完全に氷壁が形成される前に、金属一片すら残されないような物量のそれがクロエへと迫りくる。


「間に合わない……!」


「オラァァァァァァ!!!!!!」


 その時、迅怜が溜めに溜めていた雷光が、飛ぶ斬撃となってクロエに落ちようとしていた魔法へと放たれた。

 それは互いに相殺し、空中で爆発を起こす。

 当然ながらそれで全てが吹き飛ぶわけではない。

 しかし、そのわずかな時間が、迅怜の脚を動かす時間を作り出したのだ。

 迅怜は持ち前の電光石火の脚力でクロエの方へ近づき、スピードを落とさないまま彼女を抱え込み、その場から一旦退避した。


「しっかり口閉じてやがれェ!! 電影脚!!!」


 全力で脚を動かしながら、迅怜はさらに全身に雷光を纏わせ、足元にスパークが散る程に魔力を集中させる。

 その強化された速度はまさしく雷速。自身が雷と化したが如き雷獣の速さ。

 狙いを定めて降り注ぐ魔法が追いつけぬ程に縦横無尽に駆け回り、迅怜は仲間に重傷を負わせぬ為にも、爆風と粉塵を受けながらひたすらにかわし続けた。


「迅怜!!」


「────!! いくらなんでも、無茶苦茶すぎんだろ……っ!!」


 だが、ユミルセレナは少しだけ攻撃の手法を変えた。

 点で追いかけるのではなく、面で途方に暮れそうな物量を降り注がせたのだ。

 どこに落ちるかわかる。わかりすぎる。だからこそ回避不可能。

 周囲一体が爆風と雷撃に包まれる。そこには絶望しかない。

 だが、迅怜は諦めない。


「まだ……やれんだよォォ!!!」


 まだ着弾はしていない。ならば落ちる前に範囲外に逃げてやる。

 諦めの悪い男は、限界を超える速度を引き出し、音速の壁すらも超えそうな勢いで、目視し判断した退避の直線ルートを駆け抜けた。


(俺は……俺は!! 不可能を可能にしてきた男だ!! この程度、俺が越えて────)


 アレクシス達が走り抜けようとするその後方。

 二人がいた場所に大規模の爆発が轟音と共に引き起こされた。

 爆風でいくつも吹き飛んでいく瓦礫と砂埃。

 それを見てしまったルシールは、胸が張り裂けそうな想いで声が噴き出した。


「クロエさん!!! 迅怜さん!!!!」


「止まるな!! 止まったら俺達もやられるぞ!!!」


 目の前で起こってしまった、とても親しい者の生死もわからぬ悲劇的な光景。

 感情が悲嘆へと傾いてしまう前に、アレクシスの怒号がそれを引き止めた。


「で、でも……」

 

「あいつらを信じろ! 二人はアレでやられる程度の奴らじゃねえ」


 強気な言葉。だが、その奥底には隠しきれぬ人情としての心配がある。

 信じている。間違いない。だけども不安はある。それを越えて、二人の強さを信頼しているんだ。

 築かれたその強固な信頼と判断を、そして自分の我儘が故に選ばれた作戦を、自分のせいで不意にするわけにはいかない。これは私が決めたんだから。

 ルシールは、身に纏ったクロエの魔力に自分の力を上乗せし、覚悟の眼でさらに前進した。

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