第350話 剛の拳、柔の矛 4

 これ以上無い程にわかりやすい露骨な挑発。過去の事を持ち出し、現状ですら冷静な姿は見られないイルから、さらに落ち着きを削ろうとする。

 しかし事実、かつてのイルは力こそあっても、それだけでバーンズに勝つことは出来なかった。

 話は過去に遡る。




『おいやべえぞイル! また騎士団の奴等が来やがった!』


『あァ? 懲りねぇ奴等だな。あたし達にいっつも返り討ちにされてるクセに。んで、今度は何人だ』


 オルデア山のとある一角、自分達で舗装し拠点を作っていた、イルとそれに着いていく無数の山賊達。

 彼女とその仲間は、同じならず者から暴力を用いて縄張りを荒らし、時には馬車や狩人、冒険者や旅人に喧嘩をふっかけたりと、特に危険度の高い集団として恐れられていた。

 勢力は少しずつ拡大し、このままでは一大集団になるのも時間の問題。

 それを阻止しようとネフライト騎士団からの戦力派遣が行われるも、結果は全て惨敗。身包み剥がされることも少なくなかった。

 同様に山賊討伐の依頼も掲示されるも、時が経つに連れて受ける者は激減。

 その暴力に適うものはいないかと思われていた。


『それが……一人なんだ! 一人で真正面から来やがった!』


『なんだよそれ。一人ならとっとと叩き潰せ』


 イルは自ら狩った巨大蛇の肉を焼き、大量の生唐辛子と一緒に齧りついている。


『無理なんだ! いくら向かっても傷一つつけられねえどころか、簡単にぶっ飛ばされちまう! そんで見てみたらそいつ、ネフライト騎士団第2部隊隊長のバーンズって奴だったんだ!』


『…………そんな奴まであたし達を潰しに来たってわけか。おもしれえじゃん』


 イルは食事を中断し、立ち上がり自ら小屋を出た。

 

『なら、あたしが行ってやるよ。そんな隊長とやらをブチのめせば、あたし達の格が上がる。そうなりゃ、あたし達は最強も同然だろ!』


『ちげえねえ! 頑張ってくだせえイルさん!』


 暴力を用いて手に入れることしか知らなかった彼女達の成り上がりの方法。

 ひたすら強くなり、名を上げて恐れられる存在となる。

 そうすれば、いつか最高の人生が待っている。

 これはその大きな一歩へのチャンスになるに違いない。

 イルは満を持して、その隊長とやらが戦いを繰り広げている小屋前へと姿を現した。

 そこに広がっていた光景は、大剣を操る一人の男が、軽々と同じ組織の者達を薙ぎ倒し、どんな攻撃にも怯まず対処する。

 まさしく強者という言葉が相応しい者がそこにいた。


『お前、あたし達の縄張りで何してやがる』


『おっと、噂のボスのお出ましか。思ったより綺麗なナリしてんな』


『ハッ、それであたしが怯むとでも思ってるのか。お前ら、離れてろ。こいつとはあたしがタイマンでやる』


 たかだか雑魚どもを率いる大将程度。これなら勝てるに違いない。

 一対一で堂々と、徹底的に叩きのめす。プライドもズタズタに潰してやる。

 そんな思惑を抱いていたイルだったが、彼女はバーンズが見せた行動に驚くしかなかった。

 自ら大剣を背中に納め直したのである。


『…………なんのつもりだてめぇ』


『一対一でやるんだろう? なら、こいつは戻してもいいなと思ってな。見たところ、腕っぷしに自信アリってとこだろ。それなら、わざわざこいつを抜かなくても勝てるって思っただけさ』


 その言葉が、イルの怒髪天を衝いた。


『舐めたこと言ってんじゃねえええ!!』


 始まりの合図も無く、真正面から殴りにかかったイル。

 思いっきり振り切った右ストレート。速度も申し分ない。

 だが、バーンズは大剣を背負っていても、なんなくそれを回避した。

 刹那、イルは小さく笑みを浮かべ、右足を地面が陥没する程に踏み込む。

 そして、勢いを乗せて豪快な左の裏拳を叩き込んだ。

 バーンズは左腕の防御で受けた。

 周囲はそれを見て大いに湧き立った。イルなら行けると。

 だが、その反応とは裏腹に、イルの表情からは余裕が消えていた。


『山賊にしては中々やるな。結構痛かったぜ』


『こいつ、あたしが振り抜く前に自分から……!』


 完全にパワーが乗り切る前に自ら前進し、裏拳の勢いを大きく殺したバーンズ。

 致命的な一撃には至らず、折れてもいない。だが、彼の腕には痺れんばかりの痛みと衝撃が乗っていた。


(予想よりクるな……威力殺してもゴーレムにぶん殴られたみたいだ。こりゃ、こいつが出てきたら勝てないわけだな。鎧の上からでも、下手すればぶち抜かれるかぶっ飛ばされる)

 

 戦術こそ稚拙。ただぶん殴るのみ。

 だが、ある程度積み重ねた鍛錬や学びを強引に叩き潰すような強大なパワーと、ひらめきから動くようなセンスを持っている。

 力で暴れるような輩は特に厄介である。バーンズのかつての旅でもそれは体験として刻まれていた。


『だが、暴れ牛の相手は慣れてるんでね』


 バーンズは右腕をぐっと後ろに引き、一発叩き込む素振りを見せる。

 イルはそれに反応し、力を入れつつ腕を掲げて防御しようとしたが、それはブラフ。

 右足で蹴り飛ばして彼女の足元を掬い、彼女に土をつかせた。

 一旦距離を取り、右腕を軽く振って痛みを散らす。

 転ばされたイルは、一瞬何をされたかわからなかった。

 だが、だんだんと事柄の整理がついてくると、まるで子供扱いされたかのような攻撃に、怒りが込み上げ始めた。


『…………バカにしてんのか。バカにしてんのかゴラァ!!』


『こいつは試合でも無い。一対一のやり合いだ。ただぶん殴るだけが勝負でもないだろう。足元がお留守だった自分の油断を恨むんだな』 


『うるせええええ!!!』


 わかりやすい挑発に、我を忘れたように叫んだイルは、思いっきり陥没する程に右脚を踏んで立ち上がり、何が何でもぶっ潰してやると全力でバーンズへ走り出した。

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