第349話 剛の拳、柔の矛 3

「地平線の彼方までぶっ飛ばしてやるァ!!」


 巨大剣を携えているというのに、まるで棒きれでも持っているかのように動作が軽いイル。

 思いっきり真正面から走り出し、両手で握りつつ鉄塊の如き刃を振り下ろした。


(ブラフはねえ。ならシンプルな対応で充分!)


 バーンズはその見た目の威圧感にも臆さず、冷静にイルの手の内を分析しつつ、大きく横方向にステップし回避した。

 予備動作が非常に大きく、わかりやすすぎる一撃。まるで騎士団に誘う前のよう。

 巨大剣は地面に豪快に叩きつけられ、その大き過ぎる威力に地鳴りを起こした。

 舗装された地面が刃の斬り痕のように陥没し、周囲に砕けた石の破片が飛び散る。


「相変わらずなんつー馬鹿力だ。……ん?」


 飛んできた破片を腕で防ぐバーンズ。意図的な土魔法による追撃でもない為、そこに攻撃の意図は感じられなかった。

 だが、その破片に一つの違和感を覚えた。

 それを受けた腕から、妙な冷たさを感じたのだ。

 現在の季節による気候や気温を考えても、冷たいことそのものは自然だが、砕けた石片が氷の如く感じるのは何があるとしか思えない。

 どこからか氷魔法が発生しているのか。その思考の始まりに入りかけたところで、イルの巨大剣は真横を向いた。


「オラァァァァァァ!!!!」

 

 腕を伸ばした、完全に力が入り切らないような体勢でありながら、巨大剣を大きく真横に振り抜いた。

 バーンズは刃に触れぬ様に飛び上がり、刀身に右手をおいてひらりと回避した。

 その時、右手からまるで氷にでも触れたかのような感覚が響いてきた。


「虫みてぇに逃げてんじゃねえぞバーンズーー!!」


 そこからイルのラッシュが始まった。

 大き過ぎる刃に、そのサイズにはありえない振りの速さ。

 一撃でも命中すれば、両断どころか砕け散ってもおかしくはない。

 軌道こそ縦斬り、横斬りと単純なものだが、ところどころほんの少しだけ軌道をずらしつつ、体幹はブレずに振り抜いている。

 バーンズはひたすら回避し続け、イルから目を反らさず隙を伺う。

 そして、両腕を振り上げた瞬間に、一気に距離を詰めて、鎧の上から掌底を叩き込んだ。


「ぐうっ!」


 イルは剣の重さから吹っ飛ばされる、声を出して小さく唸るだけに終わった。

 初撃を入れられたことにわかりやすく怒りを表情に出し、感情に任せた前蹴りを放った。


「その程度で効くと思ってんのかゴラァ!!」


 バーンズは距離を取り、一旦仕切り直しの距離となった。

 右手を軽く振り、跳ね返ってきた衝撃を散らす。

 ここまでの情報を頭の中でまとめて自分なりに解釈し、時間を作る為の言葉を吐く。


「お前のそのデカい大剣、魔法具だな。おそらく氷魔法が乗ってる奴だ」


「よくわかったなおい。こいつはノワールから貰った私の新しい武器『氷獄剣』だ。てめえの爆轟剣もまとめて凍りつかせて叩き斬ってやるよ」


 己と新たなる剣の強靭さに絶対の自信を持っているかの如き言葉。

 だが、直後にイルの表情からは大きな意気が消え、露骨に不機嫌な顔を表した。


「…………それよりも、どういうつもりなんだよバーンズ。なんで爆轟剣を抜かねえんだ」


 一方的に剣を振るい続けていた途中から、野蛮さが戻った彼女にも感じていた、バーンズ側とはまた別の違和感。

 ずっと彼の武器である爆轟剣が抜かれていないどころか、出す気配すら一切見られないのだ。

 まるで手加減でもしているとても言わんばかりの振る舞いに、イルの怒気は溜まっていった。


「流石にわかるか。こいつは全部が手加減ってわけでもねえがな。分からない要素もある状態で真正面から受ければ、こっちがパワーで押し負けかねないんだよ。それに……」


 バーンズは左脚を後ろに下げ、少しだけ身体を低く下げた。いつでも足を踏ん張れるように。


「今のお前には、あの時みたいに剣を抜かずとも負ける気はしねえな。もう一度、全部躱してぶっ飛ばしてやるよ。それで、その寝惚けた頭を醒まさせてやろうか」

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