第351話 剛の拳、柔の矛 5
(一発一発が爆弾クラス。だがコースがわかりやすい)
バーンズは放たれる何発ものストレートに目をそらさず、しっかりと軌道を目視して確実に回避する。
後方へ下がりつつ、自分からは敢えて手を出さない。
いくら撃っても一発も当たらないどころか、何の反撃もしてこない余裕を持った様子に、イルはさらなる怒りを刺激された。
『ずっと逃げてばかりかゴラァ!! てめーが言ってたことは全部ハッタリか!!』
『試合でもなんでもねえんだ。戦いってのはなんでもアリだろうよ!』
木の後ろに回り込むと、イルの拳はそれをブチ抜いて放たれる。
地面に落ちているやや大きめな石を軽く投げると、それすらも砕きながら迫ってきた。
どのような小さなブラフや撹乱策も、強引に力押しして突き抜けてくる。
そんなやり取りを続けるうちに、イルの内心にある考えが浮かび始めた。
まさかこいつは、ただハッタリを見せ続けているだけなのではないか。
背中に抱えた大剣も、実際は自分に届くような頑強さも無く、ただ惜しいから使わないだけだ。
そう思い始めたイルの表情に、勝ちを確信したような笑みが生まれ始めた。
ここで勝負を決めてやると、再び小屋前の広場に戻り、周囲に利用できる者も無くなった瞬間、一気に距離を詰め始めた。
『小賢しいことはもうできねえなハッタリ野郎!!』
この一発で仕留める。これは確実に当てられる。
その瞬間に、イルは勝ち誇った。
だが、バーンズの余裕は全く消えてなかった。
『オラアアアアアアァァァーーーー!!!』
『――――自分の一番の一撃ってのは、何度もぶん回すもんじゃねぇ。ここぞって所で叩き込むもんだ』
刹那、バーンズの攻撃性に満ちた殺気が、ほんの一瞬イルを刺した。
それを感じ取るも、彼女は止まる気配は無い。
直後、バーンズの手から、軽く何かが顔に向けて投げられた。
『ぶぁっ!?』
それは、後退し走り回る途中で集められた枝や落ち葉、石、砂などの小さな物体の数々だった。
突然視界が遮られ、勢いを乗せた身体が止まらざるを得なくなる。
もうすぐで届きそうな拳が止まってしまった。
かけられたゴミを反射的に手で払った先、目の前にいたのは、既に右腕を振り抜きつつあるバーンズだった。
『こういう時とかな!!』
イルに負けず劣らずの豪快な一撃。
彼女の身体は、過去に体験したことも無い程に大きくふっ飛ばされ、ごろごろと地面を転がっていった。
山賊達が、リーダーに叩き込まれた拳撃に驚き、恐れおののく。
『があっ……あっ……いってぇ……この野郎……ただじゃ…………!』
『決着だ。あと一発ぶん殴れば、気ぃ失うだろうよ』
不意を突かれてしまった。次はこうはいかない。絶対にぶん殴ってやる。
反撃の意思を燃やしながら、重く響く痛みに耐えて立ち上がろうとするが、目の前にはとっくに、右腕を振り被るバーンズがいた。
それまで真正面から戦う意思を見せていなかった男が、今にも心臓を殴り潰してしまいそうな程の殺気を発している。
指一本でも手を出せばやられる。己のこれまでに培った経験と本能がそう言っている。
イルはただ、現実に突きつけられた完全敗北に、ただ唇を噛み締め睨みつけるしかなかった。
『クソ……クソっ! クソっ! クソおおおおおお!!!』
『悔しいか? だろうな。お前のその力、只者じゃねえよ。それに真っ向から挑んで勝てる奴なんざ探さないといないだろうな』
『嘘だろ、イルがやられたってのか!?』
『ど、どうすんだ!? 俺達、一体どうしたら……』
『こうなったら、俺達でまとめて……』
『お前らは動くんじゃねえ!! まだそこにいろ!!!』
ドスの聞いた声が、山賊達の耳を貫く。
その威圧感と気迫は、たとえ離れた所にいても突き刺されたかのように、足を地面に縫い付けた。
『…………どうした、早くやれよ。それとも、騎士団様は情けをかけて手出さねえってのか』
『まあ、無闇に手は出さないし、捕まえるなら連行するつもりなんだがな。…………よし、イルって言ったな。俺の所に来い』
『…………はっ?』
耳に入ってきた言葉の意味がわからなかった。
秩序の側にいる男が、こんな傍若無人な山賊を仲間に引き入れようと言うのか。
こんな人々からの除け者を。
思わず間抜けな反応を返してしまう。
『ただ捕まるよりはよっぽど良いだろ。それに、俺の第2部隊はちょうど人員不足でな。戦闘部隊なだけあって、腕っ節のある奴等を探してたんだ。お前ならちょうどいいと思ってな。……強くなりたいだろ?』
『あ、あたしは……』
まさかそんな誘いが来るとは思ってもみなかったイル。
差し伸べられた手に、戦いの悔しさと対抗心が一旦鳴りを潜めた。
『お前らも一緒だ! 牢屋に入るより、自由に生きられる方がいいだろ! お前らの面倒は、俺が引き受けてやる!! どうせ暴れるんなら、俺の下で暴れろ! そして人の為に戦え!』
バーンズのとても大きく、寛大な男気の声に、山賊達の心が強く、強く揺さぶられた。
明日を生きるのにも困っていた。奪うことでしか生きられなかったけど、この人についていけば何か変わるかもしれない。
逃げようと外側に向けられていたいくつもの足が、少しずつバーンズの方へと寄っていく。
『よしよし、素直に聞いてくれて助かるよ。死ぬ奴らは少ない方がいいからな。さて……少し入らせてもらう』
バーンズは、イル達の小屋へと足を踏み入れる。
そこで目撃したのは、やや荒れ気味の内部と、ただ焼かれただけの無数の食べかけ巨大蛇肉。
その一つは、生の赤唐辛子と一緒に齧られていた。
『おーおー、予想はしてたが、こりゃろくに料理もしてねえな。時には丸焼きもいいが、こればっかりだといつか磨り減っちまう。そこのお前……名前は?』
『お、俺はジックだ』
『ジック、塩胡椒はあるか? 調味料や野菜もあれば上出来だ』
『塩胡椒は無いが、香辛料とかなら……』
『うーん、まあそれでもなんとかなるか』
ジックが持ってきた、調味料、じゃがいもや人参、キャベツといった野菜。
壁にかけてあった、歪み湾曲した鉄の盾を手に取り、自ら近くの川から汲み上げた水で軽く洗ってから火に焚べる。
『骨はしっかり取らないとな。食感の邪魔ってのは、意外と食ってる時の気分が変わるもんだ』
蛇肉の足りていない分の下処理を行い、刻んでおいた野菜類を盾の裏側に入れる。
じゅわっと焼ける音が、静かな自然の中に響いてくる。
次々と集まってくる、イルと山賊達。
自分達が考えたこともない、やろうとも思っていなかった光景に、先程まで暴れていた者達は釘付けになった。
既に焼き目のついた蛇肉を投入し、香辛料と一緒に水を入れて煮込んでいく。
ぐつぐつと沸騰する頃には、ふわっと今までに嗅いだことのない匂いが漂い始めた。
食事の途中だったこともあり、より腹が減ってくる。
バーンズが軽く味見をすると、よし、と小さく口にした。
『完成だ。即席だが、蛇肉のシチューだよ。味が薄い分、香辛料と野菜の旨味を効かせてある。少し物足りないが、こいつでお前らと仲間になる盃としようじゃねえか』
『………………』
『……ん、どうした?』
『……うおおおおお!! 飯だ!! まともな飯だーーー!!』
『早く出してくれよ! それ今すぐに食いてえ!』
『俺、あんたに一生着いていくよ!!』
心を掴むならまず胃袋から。まともな生活に植えていた山賊達は、一人の男意気に一瞬で心奪われ惹かれていた。
過去にいつしたかも分からない豪勢な食事。
まるで宴とも言わんばかりに美味しそうに食べる一同。
『お前も食いな、イル。辛いのが好きなんだろう? 特別に磨り潰した唐辛子を加えておいた』
『え、あ…………』
かなり作りの荒い木のコップに注がれた、やや赤みがかっている蛇肉シチュー。
差し出した男の姿は、背中の大剣よりもとても大きく見えた。
『お前みたいなのが燻ってるのは勿体ない。なに、今までやってきたことは、償ってから全部これからで取り返せ。お前らもそうだからな!』
統率者の空気。自分とは格が違う。
『さ、食いな』
『…………っ!!』
完敗だった。
悔しさと共に、胸中に芽生える一つの憧れ、尊敬。
この人にならついていきたい。でも、いつかは勝てるようになりたい。共に並び立ちたい。だけどいつかは正面から打ち負かしたい。
そんな対抗心と初めての敬意が入り混じる感情を、イルはシチューと共に流し込んだ。
今までに感じたことのない、色のついた味がした。
こうして、イルとその仲間達は、バーンズ率いるネフライト騎士団第2部隊に、特例かつ隊長権限によるスカウトとして引き入れられたのであった。
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