第328話 決戦準備 3

戦いの準備を整えているのは、騎士団やかつての強者達だけではない。

 着実に実力を身に着け、己の信念のもとに戦いに身を投じる人々も、5日後とそれ以降に備えて身を整えていた。

 セレナとの熾烈な戦いを終えてから間もないラントと、エヴァンの妹であるアリシアもその一人である。

 ラントは自分の魔法で、可能な限り強固にした、土や石の人形を何体も作成。

 それを様々な位置に配置し、縦横無尽に動き回りながら拳撃や蹴撃で破壊していった。

 経験と鍛錬を積み重ね、より磨きのかかった土魔法により、自分なりに新たに組み上げた訓練法である。

 徹底的に一発に拘り、裏拳で頭部を砕き、ハイキックで吹き飛ばし樹木に叩きつける。

 設置した人形のいくつかには近づいた瞬間に発動する罠魔法を仕掛けており、それがどの個体で発動するかは、地面を通じランダムに設定。

 反応によって命中を回避しつつ、木や岩のような障害物を活かして反動で勢いをつけ、回転蹴りで薙ぎ払った。

 ただ打ち込むよりも実践的で、動かない木偶を殴るよりも、状況に応じた自分の力の流れをイメージしコントロールすることが必要になってくる。

 今はそれぞれに必要なことを模索している。そんな時に自分の我儘に付き合ってもらうわけにはいかないと、ラントは一人で準備に備えることを選んでいた。


 そのすぐ近くでは、同じように樹木に切り込みを入れて無数の的を作り、流鏑馬のように走りながらの射撃に挑むアリシアの姿があった。

 いつもやっていることではあるが、こんな時だからこそいつものようにやる。

 彼女が耳にしたある情報が、心の中を焼き付くようにかき乱す分、いつもなら殆どの矢が中心を射抜いているはずなのに、今回は何度もぶれてしまう。

 アリシアの表情には、焦りとも戸惑いとも違う、明確な怒りがこもっていた。

 その為全身に力みが生じ、撃ち筋が平常時よりも大きくブレてしまったのである。

 彼女自身もそれは自覚しているが、抑えることができない。邪念がこもるのはいけないと理解していても、彼女の性質がそれをさせてくれない。

 アリシアは頭の片隅で、自分ができる事を考えながら、感情の独り言を口から漏らした。


「あの野郎が、お兄ちゃんを……!」



* * *



 しばらくの特訓を終え、木を背もたれにしながら二人隣り合うラントとアリシア。

 手元で土を握り、何か新しい自分なりの強みを作れないかと考える一方、横で矢尻を摘み、熱を帯びさせながら鋭い眼光を見せているアリシアを見て、ラントは声をかけた。


「アリシア、お前どうしたんだ? いつもみたいに軽い態度で余裕持ってたのはどうしたよ?」


「…………別に。あんたに関係ない」


「エヴァンさんのことか?」


 アリシアはハッと目を見開き、手を止めてラントの方を向いた。


「どうして」


「何十年お前といると思ってんだ。お前がそんなキレてる時のは、大抵エヴァンさんのことだろ。んで、何か嫌なことでも聞いたのか?」


 いつもは脳筋なのかなんなのかよくわからない中途半端野郎なのに、こういう時には感が冴えてるからちょっとイラっとくる。そういうところも彼の良いところだとわかってはいるが。

 友達に隠し事はできないなと、アリシアは弓矢を地面に置き、上半身の体重を気に任せた。


「…………神様に聞いたんだよね。バレン・スフィアのこと。お兄ちゃんをあんな目に合わせたのも、あのアリア=ノワールの仕業だって」

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