第326話 決戦準備 1

 アリアの宣言によって、五日後のアルフヘイム奪還が決定して以降、避難所とその周辺は一気に慌ただしくなっていった。

 人々を守る為、住民が安心できる場所を作る為、わずかな時間でも強くなる為。

 それぞれの理由を元に、様々な活動が進行していた。

 

「これから5日間、隊員の皆には徹底的に強化鍛錬を施す! ここはアルフヘイムの人々の最後の生命線だ。ここが突破されることは許されない! 第1部隊の隊員として、ネフライト騎士団の一員として! 強くなるんだ!」


「「「了解!!!!」」」


「私達が死力を尽くし、悪神の尖兵を退けなければ未来はない! 己を高めるんだ! だが無理をしすぎるな! それはただ無駄に消耗するだけだ! 今は強くなることに専念しろ!」


 ネフライト騎士団第1部隊隊長のエミルは、後から合流したシャーロットと共に、現在待機している部下達の鍛錬に勤しんでいた。

 偽ティア達のスペックは、隊員達が倒せない程ではない。しかし、それが数十、数百と積もれば、確実に波に押し流されるだろう。

 避難所側の人員は限られている。無い物ねだりしても仕方が無い。

 ネフライト騎士団としての役割を果たすべく、エミルとシャーロットは住民の保護とサポートに尽力した。


「テメエらァ! もっと気合い入れて剣を触れ! 剣が無くなりゃそこら辺から丸太でも持ってこい! ドワーフになんでもいいから武器作ってもらえ! 身体がありゃなんとかなるんだ、最後まで諦めるんじゃねえぞ!!」


「ウッス!! 隊長!!」


「俺達は最後まで戦ってやるぜ! 第1どもには負けねえよ!!」


「今日のメニューが終わったら、ドワーフ達を手伝いに行くぞ! それから炊き出しの準備だ! この5日もその後も、時間になったら全力で動け!!」


 その隣では、バーンズ率いる第2部隊が、喧しくもやる気に満ち溢れた模擬戦闘やトレーニングに明け暮れ、全力で戦ってやるという気概を強く感じられた。


「やる気いっぱいだな、バーンズ。今回もそちらの部隊を頼りにしてるぞ」


「にしては、騎士と言うには野蛮な感じがまだ残ってるけどね……」


「仕方ないだろう。元来の性質というものはそう簡単には変わらん。俺の隊員は殆どが賊のようなもんだ。だが、あいつらは変わろうと努力し、人々を守りたいと生まれ変わった。俺もそれに答えてやらねばな」


 荒くれ者部隊という呼び名が似合う、騎士団という名前には程遠い物を感じさせる第2部隊だが、騎士団の一員としての意識は強いものがある。

 それまでどうしたかは関係ない。後から直していけばいい。バーンズが隊員達に強く慕われているのは、そんなとても大きな懐もあってのことだった。

 それはシャーロットも、そして付き合いの長いエミルもよく理解していた。


「真面目だな、バーンズは」


「副団長様には負けるがな」


「…………ところで、イルはまだ戻ってきていないかい?」


「…………あぁ、気配も合図も無い。おそらくは、あそこに残ったままだろうな。出るタイミングを逃しちまったか……」


 バーンズが内心不安に思っていたのは、未だ姿を見せる気配のない副隊長のイルと、共にいる隊員達のことだった。

 現在第3部隊の隊員達が、アルフヘイム周辺を中心に走り回り、散り散りになった住民達を集め導く作業に奔走している。

 しかし一向にイルの姿は見えず、痕跡すらも情報が入ってこない。

 となれば、必然的にアルフヘイムに残っていると考えるのが妥当だろう。


「心配なのか」


「まあな。イルの強さは俺がよーーくわかってる。そう簡単にやられるような奴じゃない…………が、今回は話が違う。状況がイレギュラーにも程がある」


 自称とはいえ、自らを神と名乗る者が出張り、自分達の側にも身体を借りた神がいつまでも人々の側に待機している。

 こんな異常事態は、一生に一度すら起きるかも怪しい。それ程にありえない。

 それはつまり、誰にも先を予測できないことにほか鳴らない。


「何が起こるかもわかんねえが、ここはあいつを信じて待つしかねえからな。ま、今は最悪の事態を考えつつ粛々と準備進めるしかねえさ。団長の事もあるしな」


 細かいことを考えず、まずはアルフヘイムから出ろと命令を通達していたリリィ団長を想う。

 今思えば、こうなることを予測していたのか、それともそれを予期させる何かを見つけていたのか。

 しかし今それを考えても始まらない。目を向けるべきは、これからどのようにして動き、抵抗し、戦うことである。


「ともかく、今は我々に出来ることをしよう。団長がいなくとも動かなければならない。それがネフライト騎士団だ」


「まあな。んじゃ、俺はアイツらの世話に戻るさ。よーしもういいぞ! 次はドワーフ達の手伝いだ!!」


 その場では大きな動揺も見せずにバーンズと話していたエミル。

 だが、内心では強く、団長の心配を巡らせていた。

 バーンズがイルに抱く不安と動揺、戦いに於いて負けることはなくとも、現在のアルフヘイムという領域がどのような影響を及ぼすかはわからない。

 

「…………ふふ、自分であんなこと言いながら、不安に押し潰されてはわけないな」


 エミルは、まだまだ自分は未熟だなと自嘲しつつ、同じく隊員たちの鍛錬へと戻っていった。

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