第296話
大我は、セレナが言うその言葉に嘘はないと感じた。
人を玩具にし、狂い舞う姿を見るのが面白くて仕方がない。蟻の列に大量の砂糖やタバスコをかけて慌てふためく姿を楽しむのと同じ感覚なのだ。
彼女にとっての純粋な娯楽であり、同じ場所に住みながら住人に向ける視点はさながら悪神のよう。
それでいて街やみんなのことを大切に思っていると言った。それは果たして冗談なのか、本心なのか、それとも家畜に対して向けるような言葉だったのか。
大我はもう一つ、どうしても気になったことをぶつけた。
「それじゃあ、ルシールのこともそう思ってるのか」
3秒の静寂が訪れた。
今この状況でどう返してあげればいいのかわからない。これは答えるべきなのか。
それを示すように、セレナの表情は訝しげに小さく歪んだ。それまで大きな余裕を保っていた彼女の表情が、初めて大きく変わったのだ。
「…………ルシールは友達だよ。セレナの大切な。それがあんた達に関係あるの?」
「ルシールはアリアと繋がれる神憑の力を持ってるよな。そんでお前は、アリア=ノワールと繋がってる。ようは敵同士みたいなもんだろ。なら、ルシールを監視する目的で近づいたんじゃ」
「人聞きの悪いこと言わないでよ!! ええそうよ、確かに神憑の監視自体も目的にはあるけど、それがどうしたの!? 大我ったら、よっぽどセレナを怒らせたいみたいじゃない」
侮辱を許さないと言わんばかりに、途中で言葉を遮りながら強い剣幕で怒りを現したセレナ。
監視の命令こそはあったが、彼女の言葉にはそこを主軸には置かれていない。むしろそれはついでというように聞こえる。
怒らせてしまったかと焦りはあるが、それ以上に大我は、その返答を聞いて安堵の様なものを感じていた。
「人聞きの悪いとかどの口が言ってんだ!! けど、聞きたいことは聞けた! そんじゃあそれはそれとしてお前をぶっ飛ばす!」
大我は確信した。セレナには良心が完全に欠けているわけではない。
本来の性格こそネジ曲がっているし、根本もどうしようもないくらいに腐っているが、全てがそうじゃない。
自分で言っていた通り、それまでの楽しくアイドルらしく振る舞っている姿も、自分達やルシールと過ごしていた日常も間違いなく彼女の本物。
ただ、本性部分の趣味が悪すぎてどうしようもない人物というだけなのだ。
だがそれはそれとして、今日までにセレナが及ぼしてきた被害は甚大な物。倒すべき敵となればその精算は少なくとも済ませなければならない。
引っかかっていた部分をようやく払拭できた上で、ようやく痛みの引いてきた大我は、目の前の強大なる隣人に迷いのなくなった戦意を向けた。
「上等じゃない。あんた達がどれだけ束になっても、セレナには勝てないことを改めて教えてあげる。セレナ恥ずかしいこと言わせた報いも込めてさ!!」
どうせその質問は時間稼ぎということはわかっていた。だが、今この時は触れられたくなかった部分に触れられ、結局乗せられてしまった。
だがそれでも、力の差が歴然なのには変わらない。セレナはそれまでよりも少々感情的になりながらもスタンスを取り戻し、再度攻撃する体勢を整えた。
* * *
急がなければととにかく足早に走り、ジャンプし飛びつつ移動を続けていたラントは、ようやくアルフヘイム南門前に到着した。
しかしその到着後、ラントは大きな違和感に襲われる。
「……妙に静かだな。人の声が全然聞こえねえ。物音もねえぞ」
まるでゴーストタウンにでもなったかのような静けさ。時間帯も相まって、この街がこんなにも静かなことは、普通では考えられない。
過去にそんなことは一度として無かった。
周囲への警戒を怠らずに足を踏み入れた瞬間、ラントに突如頭痛が襲いかかった。
「っ……! いってぇ……いきなりどうした俺……!」
今まで感じたことのない謎の痛みに一瞬足元がふらついたが、これくらい今はなんともねえと踏ん張り、さらに先に進んでいく。
それから間もなく、彼の視界に広がったのは、予期せぬ奇妙な光景だった。
「なんだ……これ…………一体何が起きてんだ…………?」
ラントが走るアルフヘイムの街道。
そこには、無数のエルフや人間、獣人など、様々な人々が、口をぽかんと開いた虚ろな表情で顔を上空に向け、まるでオブジェクトのように直立不動の姿勢で立ち尽くしていた。
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