第295話



 それとほぼ同時刻。大我とエヴァンは、偽神の天眼と自身の魔法能力による絶対防御を確保するセレナに波状攻撃を仕掛けていた。

 もうバレてるから隠す必要もないとばかりに、既に後ろで組んでいた手を解いているセレナ。

 右手の指を軽く動かすだけで発動する攻勢魔法を、なんとか反応で避けながら接近しようとする。

 しかしどれだけ回り込もうと、前後で挟み撃ちにしても、その姿は完全に見切られている。

 止まる隙間も与えられない中でとにかく動き回り、それぞれに策を練りながら攻撃を放つ二人。

 その途中、余裕を見せていたセレナの表情に、一瞬だけ不愉快そうな曇りが見えた。


「……どうやらラントくんは無事抜け出したようだね。今の顔を見ればわかる」


「ええそうよ。見事に逃げ切っちゃって、ラントのくせに気に入らないんだから」


「だから行っただろうが、ラントを舐めんじゃねえってな!!」


 セレナ自身が示してくれた吉報によって、新たな活路と気力が湧いてきた。

 大我は全力でダッシュし、電撃を纏った火球を思いっきりぶん投げた。

 しかし当然ながら、その一発は簡単な爆発一回で相殺され、瞬時に無効化されてしまった。


「結構頑張ったのに、普通に消してくれやがんな」


「次は、これでどうだい」


 間髪置かず、エヴァンはセレナに向けてナイフ一本を放つ。

 予備動作の時点で認識しているセレナは、投げられた直後に大きくステップを踏み、何の苦もなく回避してみせた。

 が、その刃が突き刺さった地点は、そもそも動かずとも足元にすら当たらない、不発の位置だった。


「下手なナイフ投げで遊ぶ余裕があるんだ」


「君のような相手に、余裕なんてあるわけないさ。やれる事はとにかく」


 しかし、刺さったナイフは紅く輝き出し、周囲に高温のエネルギーを発しだした。

 同時にエヴァンは右手にもう一本のナイフを構え、右脚を踏み出す準備を整えた。


「やるだけだ!」

 

 直後、ナイフは地面を抉るような爆発を放ち、周辺一体に土と岩の砕けた煙を吹き上がらせた。

 土煙はセレナを包み込むように発生し、すかさずその中にエヴァンが突撃する。

 煙の動向から、彼女が爆破前の地点から大きく動いた気配はない。これで多少は視界を遮られててくれればいいが、そう甘いとは思えない。

 エヴァンは保険として、足裏に魔法発動の準備を整えつつ、迷うことなく刃を突き立てた。

 だが、嫌な予感はまさしく的中した。

 突如道を開けるように砂埃が拓け、動じる必要は無いとばかりに同じ場所に立っていたセレナ。

 彼女の右手は、銃のような形で構えられていた。


「そっちこそ、セレナを舐めすぎないでよね。ばーん!」


 可愛らしい掛け声と共に、人差し指の指先から空間を抉るような風弾が放たれた。

 

「やっぱりそう簡単にはいかないか!」


 やはり保険はかけておいて正解だったと、エヴァンは右脚を思いっきり踏み出し、自分に向けた強風を吹かせて自らを後方へ吹き飛ばした。

 風弾は空中で仰向けになった身体の真上をすれすれで通過し、かすり傷を負いながらも回転しつつ後退し着地した。


「ちょっとでも隙間があれば完璧に見えるんだからね。セレナの『眼』は!」


 絶対可視の魔法に死角など無い。

 そう言わんばかりに右腕と一緒に後方を向き、晴れた煙の射線を作り出す。

 その先には、電撃を右手に纏わせて、猪突猛進に拳を構える大我の姿があった。


「ばーん」


 同じようにして放たれる風の弾丸。だが、大我の場合は一切の避ける素振りも見せない。

 それどころか、彼女の懐に飛び込む前に、右の拳を振り抜き出したのだ。


「がふっ……!」


 直前にほんの少しだけ重心を反らしたおかげか、風弾は腹部にもろに喰らわず右脇腹に命中。

 振り抜いた拳からは、まるで拳撃を飛ばしたかのような電撃の塊が放たれた。

 セレナはそれに対しては微動だにせず、軽く首を傾けて避け、地面に着弾した。

 吹っ飛ばされた大我は地面を転がり、鉄球を押し付けられるようなずきずきと重く響く痛みに、脇腹を軽く押さえながら立ち上がる。

 幸いにも大したことないダメージで済んだが、相打ち覚悟の正面突破は失敗に終わった。

 だが、彼らに収穫が無いわけではない。


(確かに容易く見切られた。けど、それまでの攻撃よりも、僕らに対するカウンターは明らかに遅れてる)


(いってぇ…………けど、あいつ俺の電撃は普通に避けたな。わざわざ打ち消さないで。いきなりの攻撃には、普通の反応とたいして変わらないってことか。痛って…………思いつきの魔法をやってみて正解だったぜ)


 両者が導き出した結論は、「おそらく偽神の天眼も魔法能力も凄まじいが、本人の身体能力はそれ程高くはない」。

 少なくとも平均より上程度には収まるはず。セレナの事だからまだ隠している可能性も大いに存在するが、攻略の糸を摘めただけでも大きな収穫なのは間違いない。

 土煙が晴れ、再び挟み撃ちの形となる大我とエヴァン。

 ふと大我は、時間稼ぎも込めてある疑問をぶつけた。


「セレナ、俺がさっきから気になってたことがある。お前の街での振る舞いや楽しそうな姿は、全部本当だって言ってたよな」


「はぁ……そうだよ。そう言ったじゃん」


「ならなんでそんなこと出来んだよ。アリシアやみんなをおかしくして、それを見て楽しんでたって言ってたよな。俺には全く意味がわからねえんだ。お前は結局何がしたいんだよ」


 セレナは何を今更……というように呆れた顔を見せる。


「何がしたいって、セレナは別に今まで通りでいいよ。したいことはノワールが支配した後も変わんないし。今まで通りセレナが楽しむ為の玩具になってほしいだけだから」

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