第297話
「みんなどうしたんだよこれ……俺達が街出る前はこんなことなってなかっただろ……?」
急ぎ足にブレーキがかかり、ラントは歩きつつ周辺の様子を注視しながら、まずは助けを求めるべきはあいつの相棒だろうと考えつつ世界樹の方向へ進んでいく。
通れども通れども、街中には動かない人々だらけ。人々の密度は少なくなっており、いつもの日常の時よりも明らかに人の姿は見えない分、その光景の異様さが際立っていた。
「……おーい、大丈夫なのか」
途中、ラントは見知らぬエルフの青年の肩をコツンと叩いて反応を確かめるが、指先一つすら反応を示そうとしない。
ダメか……と一旦諦め、もう少し先を進んでみると、今度は彼の少し見知った顔が現れた。
「お前も動けなくなってんのか」
ラントの視界に入ったのは、たまにクエストを受ける前、軽い情報共有をする等の交友関係のある、エミーというエルフの女性だった。
やや勝ち気な人物ながら、彼女もまた魂の抜けた表情で空を向き、直立不動の姿勢で動かなくなっている。
「おい、ちょっとは反応したらどうなんだよエミー。なあ……うわっ!」
先程は軽く叩いた程度だった為、今度はちょっと強めに押すように肩に触れて、身体を刺激してみる。
だがやはり、固まった人物からは微小な反応すら示されない。
それどころか抵抗すら無く、ラントに身体を押されたエミーはぐらりとバランスを崩し、そのままがしゃんと真横に倒れてしまった。
力の抜けた状態での転倒。明らかに頭部も打ち付けており、痛がるはずだが、それでも彼女の表情は変わらず、開かれたままの瞳は角度の変わった光景を移し続けた。
「ああやっちまった……悪い。目覚ましたらもう一回謝っとくからさ」
ここまでする気は毛頭なかったが、それでも無反応な姿を見て、逆に踏ん切りがついたラント。
エミーの横たわった身体を壁の近くまで運んでいき、申し訳ないと軽く一礼をすると、再度世界樹に向けて急いで移動していった。
「次から次に、一体何が起きてるってんだよ! 誰も彼もが人形みたいに動かなくなっちまってる。やっぱこれも、セレナの野郎が言ってたアリア=ノワールって奴の仕業なのか」
本来ならこの不可思議な現象も解決に向かうべきなのかもしれないが、今はそんな余裕もない上に原因自体もわからない分構ってはいられない。
謎の頭痛をおしながら世界樹に向けて走り、ようやくユグドラシル周辺に備えられた広場へと到着した。
「どうなってんだよ一体これは……! どの入口も、アリア様と俺しか知らない入口まで全部封鎖されてる、俺のコードも有効化されない、それどころかアリア様に通信どころか簡易メッセージすら繋がらない……なんなんだよ一体!!」
そこでラントが見たのは、ぽつんと世界樹の側で必死になりながら木の肌を殴り、焦りいっぱいの形相で頑張っている様子のエルフィだった。
口にしているだいたいの中身の意味は理解できないが、おおよそ精霊なのにも関わらずなぜか入れなくなっているということだろう。
周囲がこんな異常事態になっていても、ひたすら視野狭窄にも陥るようなレベルで、あれから頑張り続けていたのだろうと考えつつ、ラントはエルフィの側まで近づいていった。
「おいエルフィ」
「これはさっき試した。これは……ダメだ、三回目にやった。これは……ああもう! どうすりゃいいんだ!!」
「おいエルフィ!!!」
「うわっ!!」
間近で呼んでも聞こえなかったのか、二回目は思いっきり大声で呼びかけた。
エルフィは驚愕の声と共に空中を跳ね、心臓が飛び出たような顔つきと一緒に後方へ振り返った。
「び、ビックリした…………なんだラントか。お前、大我と一緒に行ったんじゃねえのか?」
「その行った後だよ。一回戻ってきた」
「あれ、なんか……こんな静かだったか? アルフヘイムの空気が妙な……」
ラントはその言葉に思わず驚いた。
周辺の状況を把握できないくらいに意識を全て集中させ、必死に世界樹の中へと入ろうとしていたのだと。
あの時の焦りようからも察してはいたが、やはり本気で気づいておらず、それだけエルフィは強い危機を感じていたのだ。
「俺にも分かんねえけど、俺が戻ってきた時には突然こんな風になってた。ここらは少ねえけど、街中には空向いて立ったまま動かねえ人々だらけだ」
「なんだって……」
「とにかく今大変な事になってんだ。ここのことも心配だが、俺と大我とエヴァンさんじゃどうにもならない奴と戦ってる。その助っ人が欲しくて戻ってきたんだ」
エルフィは新たに耳に入った情報に青ざめた。
焦りでいっぱいになり、ひたすら目の前に意識を向け続けている間にそんな事態にまで進展してしまっていたのかと。
エルフィにすら、それを聞いても何が起こっているのがまだ見当はつかない。正確にはまだ頭が回っていない。
おそらくラントは、その助っ人として大我と一緒に戦ってほしいのだと言いに来たのだろうが、唇をきゅっと閉じて目を反らした。
「……まさか、大我に言ったことを気にしてんのか」
別れる直前、エルフィは大我の元々の事情や抑えていた気持ちも考えず、胸の内を抉るようなことを言ってしまった。
それがどうしても、心の中で引っかかっていたのだった。
「はぁ…………あのなぁエルフィ、お前」
ラントは溜息をつき、それに対して一言言おうとしたその時、背後から新たな足音が聞こえてきた。
誰もが動きを止めている中で存在している、はっきりとした行動の音。
現状から不自然としか思えないそれに振り向くと、そこには無表情の偽ティア二人が、無機質な瞳でラントとエルフィを捉えていた。
「また偽者が!?」
「あいつの言ってたことはマジだったか。俺の友達をわらわら増やしやがって……うぐっ……!」
迷いなく戦闘態勢を整える。が、謎の頭痛が力を入れる邪魔をして、うまく調子が整えられない。
その異変を見て、少し遅れて防御の準備を始めたエルフィだが、まるてシステムのように偽ティア二人が襲いかかってきた。
「この……こんな時に……!」
「二人分のカウンター……ギリ間に合うか!?」
不意打ちに近い襲撃によってピンチに陥った二人。
内部機構の武装が展開され、ラントに凶刃が届こうとした刹那。偽ティア二人は突如真横に吹っ飛ばされた。
転がった二人は互いを巻き込みながら転がり、展開部分に頭髪が絡みつき、まるで人の形を残した塊のような姿になった。
そのうちの一体の左腕は、火花を散らして大きく歪み、ガタガタと痙攣を起こしていた。
潰れた二の腕部分には、まるで拳圧を形にしたような拳の痕がくっきりと刻まれていた。
「他者の姿借りた奇襲、有効だが貴様達は脆弱也」
「が、劾煉さん!?」
「ラント殿、エルフィ殿、無事で何より」
二人を寸前で助けてくれたのは、アルフヘイムへ訪れていた黒き拳闘士、劾煉だった。
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