第287話

 アルフヘイムでの出来事に集中していると思っていただけに迂闊だった。

 まさか、自分と交流のある二人がここにやってくるとは。アルフヘイムでの事象に集中していると思ったのに。

 既に姿を堂々と現している以上、今更逃げ場などない。誘い込んだつもりが、逆に面倒な伏兵を連れてこられてしまった。

 大我とラントの視線は、当然ながらなぜかそこにいるセレナの方へ向く。


「あれ、あいつなんで」


「セレナじゃねえかありゃ」


 お互いに顔を見合い、なぜ彼女がここにいるのかをそこまで大きくない声で話す二人。

 セレナがいる距離からは、その内容は全く聞こえてこない。一体何を彼らは離しているのか。

 可能な限りは、今彼らとの対立は避けたい。それは心情、精神的な理由でもあった。

 だが今更、エヴァンの言う通りに話の内容を聞かれたとあっては、何れにしても面倒な状況。

 セレナは考えに考えた末に、彼らが受け取ってしまったであろう情報を誤魔化すことにした。


「ちょっと、さっきは変なこと言っちゃったけど、セレナは別に二人を敵だとは思ってないからね!」


「あ? あいつ何言ってんだ。いきなり何の話だよ!」


「何って、セレナがフロルドゥスと……っ!?」


 よく話しているいつものノリで、ラントからの大声での聞き返しにそのまま投げ返そうとした。

 だがここで、セレナは言葉の中に仕掛けられた罠に気づいた。

 そういえば話を聞いているにしては、自分に向けている疑いの目がなさ過ぎる。

 それに気づいたときにはもう遅かった。


「ああ、彼女、フロルドゥスの仲間らしいよ。それで僕を殺す為にここまで誘い込んだんだ」 

 

「――――えっ?」


 突拍子もない話に、二人は驚きを隠せなかった。

 それなりに目立つ存在とはいえ、ただアイドル的な食堂店員なセレナがエヴァンを殺すなどと、どうして考えられるのか。

 理由も流れも全くわからない。彼らにとっては突如降ってきたような話に、大我もラントも目を丸くした。

 そう、セレナとエヴァンの会話が、ナイフを通して伝えられているなどというのは、全くの嘘だったのだ。


「おいセレナ! 本当なのか!?」


「…………そんなわけないでしょ!? なんでセレナがそんなことしなきゃいけないんだか」


 セレナはとっさにそれに勘付き、そんなことは無いとエヴァンの発言を否定した。

 余計なことを自分の口から喋りすぎる前に、なんとかそれを抑えながら状況を有意に持ち込もうとした。

 

「僕もそこは驚いたんだよね、相当うまく隠れ続けたみたいだし。アルフヘイムでも局所的に色々騒ぎが起きてるから、本当ならここでのんびりしてる暇は無いんだけど」


「そうよ。セレナなんかに絡むんだったら、ティアの偽者とかを先にどうにかしたほうが……」


 だが、セレナの内心の強い焦りが、無意識に口を滑らせてしまった。


「――――どうして偽のティアのこと知ってるんだ。俺達が探してる間、セレナには一回も会ってないだろ」

 

「あっ」


 大我によって指摘されたその一言。顔にははっきりと、うっかりしたと己の失敗が浮かび上がった。

 偽ティアの話は非常に局所的であり、偽者が存在するという情報そのものも、大我達の間でしか共有されておらず、大きく広がったわけでもない。

 そしてティア自身は、大我達の様子を遠くから眺めており、直接出会うこともあり得なかった。

 その綻びを、セレナは自ら差し出してしまった。


「セレナお前、もしかして本当に」


「…………………………はぁぁぁぁぁぁぁぁ。あーあ、ほんっと、失敗ってことごとく流れ込んでくるんだ。神様もどうせなら分けてセレナにぶつけてくれればいいのに」


 観念したのか、セレナは五秒程の沈黙の後、とても大きな溜息をついて、右手で髪型を崩さない程度に頭を押さえて気怠げな表情を作り出した。

 全てのモノを冷たく睨むような冷めた眼。だがそれは、失敗した自分自身への自嘲も込められていた。


「まあ、もういっか。ただ相手にする数が増えただけだし。それなりにスマートに済ませたかったんだけどなぁ」


「一体どういうことなんだよ、エヴァンさんを殺すってなんで」


「――――うるさい。そのまんまだけど」


 大我もどこかそれを信じたくないのか、ラントと同じようにその理由を問う。

 だが、その言葉は、不満気な態度と、彼女から発されたとは到底思えないような威圧感によって押し潰された。

 まるで容姿に似合わない怪物と対峙しているような、底の知れない気配を彼女から痛いほどに感じる。

 大我もラントも、そしてエヴァンも、未曾有の驚異に最大限の注意を以て構えざるをえなかった。


「おとなしくセレナに殺されてればよかったのに」

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