第286話

「流石に気づいてるよね。いや、最初からずっと気づいているか。元はと言えば、ここに僕を誘い出したのは君の方だし」


「えーやだー! セレナがあなたをここまで誘い出したなんてそんな根も葉もない事を…、ストーカーの自意識過剰こわーい!」


 やや過剰に可愛らしく、煽るように言葉のボールを返すセレナ。

 だがエヴァンはそれに乗ることもなく、あくまで冷静に、そして常にナイフ付近に手を置いて警戒を解かずにいた。


「それならすぐに逃げているはずだろう。だが君は、ここに来るまでの間、ずっと意図して僕の視界に入るように動いていた。木の陰に隠れることすらなく、よそ見している時以外は常に君の姿が目に入っている。どれだけ入り組んだ道に入っても、不自然なくらいにね」


 まるで敢えて誘い込んでいるかのように動いていた。いや、誘い込んでいたのだろう。

 どれだけ木々の深い場所にいても、歪に入り組んだ自然のじぐざぐ道でも、正面を向けば常にセレナが遠くにいる。

 こちらを見ていないにも関わらずどうしてそんなことができるのかはわからないが、ともかく明らかな誘導をしているのは間違いなかった。

 セレナはそんなことはわかっていると言わんばかりに、ふっと小さく笑った。


「んー、まあそんなことはどうでもいいけど。そんなにセレナを追いかけるのならぁ…………セレナに聞きたいことがあるんでしょ?」


 あくまで何を言われても動じない。明確ではないとはいえ、敵意を向けているエヴァン程の強者に対しても、怯む素振りすら魅せていない。


「そうだ。話が早くて助かるよ」


「誰も答えるなんて言ってないけど。どうせセレナが答える必要もなくなるんだし。逆に聞きたいのはこっちの方なんだから」


 セレナの声色が少しだけ低くなる。まるで首元にナイフを突きつけるかのように。


「ねえ、いつ頃からセレナを疑ってたの? 別に注目されるようなこともした覚えないのに」


「…………前々から少しだけ特殊だなとは思ってたよ。ウィータでの完璧なまでの接客ぶり。どこに居てもしっかりと客の注文や要望に気づいて、迅速に対応する。まさしく店員の鑑だ」


「歌も可愛さも兼ね備えて、それでいてお客さんにしっかりと店での楽しさも味わってもらう。それくらいできないと、最高のアイドルとして務まらないでしょ?」


「そこは素直に称賛しよう。だが、僕がおかしいと思い始めたのは、B.O.A.H.E.S.との戦いの時だ。アルフヘイムに向けて放たれた一度目の肉の雨。あの時、僕達が潰しきれなかった分を誰かが凍結させ、木っ端微塵にした。あんな規模の氷魔法を使える者は殆どいない」


「クロエさんなんじゃないですか? それ」


「クロエではなかった。本人に聞いたからね。誰かが長時詠唱をした様子もなかった。その後の爆発も、並の炎魔法の使い手でも出来ないような規模だった。それを長時詠唱も放つなんて、僕でもなければ難しいはずだ。そこで、あの場にいたって人達に聞き込みをして回ったら、君がいたって話も耳にしたんだ」


「ふーん……けど残念。セレナが得意なのは雷魔法だよ? 使えなくはないけど」


「なるほどね。まあ……あとは不思議とここしばらく感じている視線と一緒に君を見かけること、君を追っているネフライト騎士団の団員が相次いで殺されていること。そして最後は……僕の勘だね」


 最後まで聞き続けたセレナは、ぷっ、と吹き出してから大笑いした。

 それは追い詰められたからによるヤケな感情でも、ふざけたものでも無い。

 エヴァン程の人物から出てきた理由がどれも確証的なものでもない、そして最後には完全な感覚からの疑い。

 まるで大きなハッタリを噛まされた気分になったセレナは、大きく警戒しすぎた自分に対して笑っていたのだった。


「あっはっは! なーんだ。確実な証拠があるわけでもなかったんだぁ……あー考えて損した。セレナがバカみたいじゃん」


「僕の勘はよく当たるからね。けど、だからこそ君は見事に引っかかってくれた。そして、僕をここまで誘い出したわけだ」


「あーあ、やられちゃった。でも、そんな憶測だけでセレナを追い詰めるなんて、ファンが黙っていませんよー?」


「かける気も無いブラフはお返しにもならないよ。ここには今、僕達しかいないだろう」


 少なくとも現在は、周囲に誰一人として他者の存在は感じられない。

 正真正銘二人だけだが、誘いだしたのはセレナ側。何を仕掛けているのかはわからない。

 当然エヴァン側も、それを承知で追いかけていた。だが、セレナ側は不気味な程余裕な態度を崩さなかった。


「はぁぁぁぁ………でもまあいっか。どうせあなたはここで終わりなんだから。目障りなお兄さん」


 大きな溜息をついた直後、まるで中身が入れ替わったかのようにセレナの雰囲気が変わった。

 全てを冷たく見下すような視線に、空気を震わせるような威圧感、そして、滲み出る穢れの気配。

 セレナはついに、本性の一端を剥き出しにしたのだった。


「あーあ、セレナもフロルドゥスみたいな力があれば、あんたみたいなのも簡単に勝てるんだろうなぁ〜……」


「バレン・スフィアの中にいた者の名前を、随分気やすく呼ぶんだね」


「セレナの仲間だからねー、たいした交流はないけど。それじゃあ、早速…………!」


 妖しく笑みを浮かべ、いざ動こうとした次の瞬間、セレナは目を見開き動きを止め、はっきりと驚愕の表情を見せた。

 それを見たエヴァンは、信頼に基づく一か八かの賭けに勝利したと、ようやく心からの小さな微笑みを見せた。


「――――やってくれるじゃない。だからナイフが一本無かったんだ」


「…………そういうこと。少し遊んでくれて助かったよ。アイドルらしい君の振る舞いがね」


 ちっ……と、キャラに見合わない舌打ちを見せ、不快を露わにしたセレナ。

 事態はおそらく好転には向かっているのだろう。しかし、エヴァンはセレナへの得体の知れなさ、状況の不可解さにさらに警戒を強めた。

 常に腰に手を付けて準備はしているものの、もう一本が現在失われているのは察せられないように隠していたはず。

 なのに、いつ、どうやって、どこでナイフの有無に気がついていたのか。

 それに、何かに気付いたにしても、その情報はエヴァンが持つナイフからの信号しか存在しないはず。

 セレナ側からは詠唱の素振りも怪しい行動も見えなかった。

 やはり気配を感じないだけで、ファンと称する協力者がいるのか。

 エヴァンは言葉と振る舞いでいつもの姿を保ちつつ、周囲への注視をさらに強めた。


「まずったわ……こいつだけ潰せればそれで良かったのに」


「あと、さっきまでのやり取りは全て、ナイフを通して伝わってるよ。自ら尻尾を出してくれたこの時を逃すわけにはいかないからね」


 この男が最強と言われている理由が、いざ目の前で対峙して理解できた。

 同じ住人として、味方として一緒にいる間はそんな脅威は感じない。

 その柔らかく優しい態度の裏に隠された、単純な強さと連なる、自らを絡めた戦術能力。

 これがアリシアの兄。神伐隊のリーダー。 だが、セレナは許容範囲内だと、あくまで余裕を崩してはいなかった。

 そして、不愉快を露わにした表情を元に戻し、日常の振る舞いを取り戻した。

 それは、直後にやってきた新たな乱入者への対策だった。


「いたぞ大我! あそこだ!」


「エヴァンさーーーん!!!」


 エヴァンの後方から、二人の少年が名前を呼びながら近づいてくる。

 それは、セレナと仲良く、何度も働く店内で交流も交わし、時には共にクエストにも繰り出した二人だった。


「待ってたよ大我君。ラント君も来てくれて心強い」

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