第278話

「危ねえっ!」


 映画やアニメで見たような、平和な日常では直接見ることのなかった銃口が自身へと向けられている。

 大我は反射的に危険を感じ取り、身体を傾けながら後方へと大きくバックステップした。

 だがそれでもまだ、射線上からは外れていない。

 その時、同時に動き始めていたエルフィが、偽ティアの左手に向けて電撃を放ち、一瞬だけ動きを反らせた。

 直後、銃口から一発の弾丸が、まさしくな銃声と共に放たれる。

 弾は大我の頬ギリギリを掠めて飛んでいき、地面に着弾と同時にその姿を消滅させた。


「助かったぜエルフィ」


「お礼は後だ。今はこっちに……」


 尻もちをつかず、見事な身のこなしで身体の流れを操り、すぐに体勢を立て直す大我。

 偽ティアの左腕は元に戻っており、先程までの機械的な異形の姿は無くなっていた。

 そして、まるで追い詰められて怯えた、まさしくティアそのものな表情を見せながら、偽ティアは大我達に背を向けて逃げ出した。


「追うぞ! このまま逃したらどうなるかわからねえ!」


 ようやく正体を表した、記憶までも同じ偽物をこのまま逃してしまえば、この先どうなってしまうかは想像に難くない。

 見つけ出した今こそ確実に倒しておかなければならないと、ラントは全力で走り追いかけた。

 それに並ぶように、大我とエルフィもそれを追従する。


「あたし達も……ティア?」


 同様にアリシアも、ティアと一緒に追いかけようとしたが、そのティアが青ざめた表情で身体を小さく怯えるように震わせている姿が見えた。


「ご、ごめん……アリシア。私、ちょっと戸惑っちゃって……」

 戸惑っただけ。そんなはずはない。

 明らかに精神的な傷を負っていることは、見ればはっきりとわかる。

 自分と同じ容姿、記憶、反応、言動をする相手が、ただの見間違いではなく本当に実在するなど、考えただけでも背筋が凍ってしまうくらいの恐怖だろう。

 そんな相手が自分の姿のまま奇妙な姿を晒すなど、心への辛さはさらに積み重なる一方。

 だからといって、ティア一人をここに残しておくわけにはいかない。

 アリシアは腰を曲げて背中を差し出し、こっちに来るようにと首を振った。


「ほら、乗りなよ。あたしが運んだげるからさ」


「……いつもごめんね、アリシア」


「気にすんなって。あたしとティアの仲だろ? んじゃ、いくぜ!」


 長い付き合いだからこその強い信頼。

 ティアはその言葉に甘えてアリシアの背中に抱きつくように乗り、体重を彼女に任せた。

 そして、アリシアは遅れて三人の後を追うのだった。



* * *



 大我とエルフィ、そしてラントは、どんどん人の気配が少なくなる暗い路地の方向へと移動していくティアを全力で追いかけていた。

 肩に乗るエルフィ以外の大我とラントは、整備された通りを必死に走り、時に土魔法による足元のプッシュで大きく前進。または、足元を爆破して加速しながら追跡する。

 一方の偽ティアは、途中から裸足になりながら、本物のティアと同様に風魔法を駆使しながらのすばしっこさで、三人に捕まらずに距離を保っていた。

 それどころか、素足を開放、変形させ、鉤爪を食い込ませるようにして壁に立つように張り付いては、撹乱するように軽快に移動し、明らかに世界の違う挙動を見せていた。


「気をつけろよ大我! あの弾丸、マナを固定化して作られてる分本物と変わんねえぞ」


「んなこと言われても、どっちにしても避けることしかできないだろ!」


「この先は一本道だ。今のうちに追いつくぞ!」


 自身の能力を以て、なんとかその挙動にくらいついている大我達。

 一定の距離を保つことができている今なら、さらに力を出せば追いつけると、一気にペースを引き上げた。

 その瞬間、突如ずっと背を見せていたティアが振り向き、再び両手を開放し、弾丸を放った。

 その射撃はかなり正確。激しくうごいてい為に照準はつけにくいはずなのに、しっかりと大我達の足元へと狙ってみせた。

 偽ティアはまさしく何もかもがティアそのものと言える存在だったが、明らかに全体的な能力が引き上げられている。

 少なくとも、この追跡の間に彼女ができないような技術や行動をいくつも見せているのだ。

 大我達はそれを見て、同様に左右に振れて狙いをずらしつつ、少しずつ距離を縮めていく。

 

「おっしゃ、射程圏内!!」


 走行ルートの先にはまだ分かれ道は見えない。左右は建物に囲まれ、自由が利くのは地上の道と上空のみ。

 走りながらずっと、偽ティアとの距離、速度、詠唱によるズレを含めた数秒後の予測地点を測り続けていたラントは、ようやく確実な足止めができるタイミングを見極めた。


「偉大なる大地より分かたれし大壁よ立ちあがれ。其れは巨人の脚の如し! 『リジェクトヴァント』!」

 

 魔法の発生地点を視線でしっかりと捉えながら詠唱を唱え、思いっきり左足で大地に楔を打つように踏み抜きながら、右手で地面を殴りつけた。

 直後、偽ティアの進行方向に、分厚い岩石の壁がバリケードのように地面から隆起し始める。

 建物との隙間は無く、無理やり行き止まりを作り出すように生み出されたそれは、完全に全員の足を強制的に止めた。


「逃げられない……っ!」


 偽ティアは即座に判断を下し、進行方向に何もないことを確認すると、走り続けるまま目を瞑り、両手を胸の前に置いてぎゅっと手を握る。

 2秒ほどその状態を続けた後、開いた右の手のひらを、足元に向けて放つように広げると、偽ティアの足元から竜巻のような風が上に向かって吹き始めた。

 華奢な身体を風に巻き上げ、作られた袋小路から逃げようとしたその時、頭上から突如火球が発生する。


「そっちからも逃さねえよ!!」


 それは先の行動を予測したエルフィからの洗礼だった。

 火球は弾け、周囲に衝撃波を発生させる。偽ティアは防御態勢を取りながらも、地面に向けて吹き飛ばされた。

 偽ティアは痛そうな、苦しそうな表情を見せていたが、落下中、突如彼女の表情は無機質に切り替わり、両手両足の機構を解放した。

 爪の分かれたロボットアームのような、変形した手足を剥き出しにして、身体の動きを落下の挙動に任せて動かし、ブリッジのような体勢で着地してみせる。

 かち、かち、と地面と金属が擦れぶつかり合う音を鳴らしながら位置を調節すると、偽ティアは、下半身を一切動かさず、上半身の動作だけで機械的に起き上がった。

 ラントが作り出した壁の前でようやく立ち止まり、再度顔を見せる偽ティア。

 その顔からは一切の感情が消え失せており、まるで与えられた命令を忠実に遂行するロボットのような人形らしさに満ちていた。


「何だよアレ。あんな気持ちわりい手足してティアの偽物とか、冗談きついぜ」

 

「…………雰囲気も全然違う。嫌なことを思い出すなアレ」


 既に彼女には、遭遇した時、正体を表した時のような、ティアらしい姿はない。

 レンズを絞り、ピントを合わせながら、一人ひとりにターゲットを合わせる。

 そして、開放されたままの手のひらから、アルフヘイムの光景には到底似合わない銃口が再び姿を現した。


「これ以上の稼働テストの続行は不可能と判断しました。これより、追跡者の迎撃に移ります」


 彼女の口からはっされる声は間違いなくティアのそれ。

 しかし、その言葉は冷たく、抑揚がはっきりし、無感情であり、非常に機械的だった。

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