第279話

「もう話は通じなさそうな雰囲気だな」


 三人に突き刺さる、無機質で鋭い明らかな敵意。

 偽ティアの表情はまるで仮面を被っているように無。

 それでも、両手の挙動とただ大我達の方を向くだけの行為が、無言のままそれを強調させていた。

 大我とラントは、何が来てもいいようにと身構える。

 一方でエルフィは、声には出さず、現在二人の視界にも入っていないが、三人の中でも特に焦りを募らせていた。

 そして、淡々としたメッセージによる迎撃宣言の直後、偽ティアは両手の銃口をそれぞれの腹部に向けて、何発もの弾丸を撃ち出した。


「軌道が見えねえ……」


「エルフィ、援護任せたぞ!」


「お、おう! 当てさせるかよ!」


 一発一発の威力は、それらがきちんと世界にあることを知っていた大我が良くわかっている。

 銃身の向きをしっかりと捉え、徹底的に弾丸が当たらないようにと左右に動きながら様子を見る。

 同時にエルフィが、正面の空間に絶対零度の風壁を作り出す。

 空中に無数の氷塊を生み出し、浮かび上がる面の壁にして、防御と状況確認を両立させた。

 一方、ラントはその弾丸の速度に驚きながらも、何発かの攻撃を観察して脳内で推測を立てる。

 おそらく追尾や停止のような能力は無く、ただ真っ直ぐに硬質の弾を高速で撃ち放つ物。

 あの異形の武装以外には拡張性は見られず、自身が動くことによってその挙動の幅が広がる。


「このままじゃ何もできねえけど、なら撃たせなきゃいいんだろ!」


 だが、今追い詰められているのは確実に偽ティア側。ただ突然動作が変わり、唐突に未見の攻撃を繰り出したからといって、状況が丸々ひっくり返るわけではないはず。

 ラントは右足で地面を踏み抜き、自分の真正面に石壁を作り上げて、凶弾からまず身を守る。

 そして、三度、四度、五度と、まるで地団駄のように何度も何度も右足で地面を踏み、正面の空間に無数の壁を無作為に精製した。

 完全に視界が見えなくなるわけではないが、適当な射撃を遮る絶妙な大きさ。

 偽ティアは何度か気にせず撃ち続けるも、何十発も連射しなければ破壊できないと推測し、一旦銃口を引っ込めた。


「そんでこいつを……」


 間髪入れず、ラントは目の前の石壁に右手がめり込む程のストレートを放つ。

 すると、それはがらがらと砕け散り、中から一本の石槍が生み出された。

 『劣器精製』。彼がその場で武器を即席にでも扱う為に考え出されたオリジナルの土魔法である。

 しかしその完成度はそこまで高くなく、造られた石武器の強度も、マナで多少強化されているとはいえ本物にはやや劣る。

 そしてなにより、彼は拳での豪快な勝負に拘る男。

 あくまで硬度と汎用性を重視した、必要だと考えたときにだけ使うハッタリ重視の技巧技である。


「おりゃあああああっっっ!!!」


 ラントは作り出した石槍を、偽ティアめがけて思いっきり放り投げた。

 石の矢尻を真っ直ぐ血の通わない顔に向けながら、放物線を描いて接近していく。

 偽ティアはそれに対して、一切怯むことも驚くこともなく、ただ淡々と軌道予測と到達時間を計測。

 機械的に冷静に分析し、本物のティアでは出来ないような鋭いハイキックによって、一撃で破壊してしまった。

 

「障害物を回避し、接近戦を敢行」


 状況的には不利。遠距離からの射撃が効果的でないなら、フィールドを接近戦に変えるまで。

 偽ティアは、本物に勝るとも劣らない身体能力で石壁を飛び上がり、近づこうとした。


「そこだ!! 隙ありぃっっ!!!」


 だがそれは、エルフィの予測範囲内だった。

 既に壁の向こうで、エルフィの提案によって見えないように姿勢を屈めて、迎撃の準備を進めていた大我。

 影に人の形が現れた瞬間、脚をバネのようにして飛び上がり、その勢いを乗せたスピンキックを一発叩き込んだ。

 偽ティアは咄嗟に両腕を盾にして防御体勢を取るが、その一発の威力は盾を突き抜ける程に強く、またもや後方まで押し戻されてしまった。

 空中から吹き飛ばされている最中、偽ティアは着地に備えて即座に体勢を組み換え、人間種族しての挙動を無視したような効率性重視の動作で、巨大な石壁への激突を防いだ。

 直後、それまでティアとしての印象に色を付けるための靴を破砕し、裸足になる。

 そして、両手両足の機構を同時に開放。

 膝をついた四足歩行の姿勢で自身を地面に固定し、四つん這いとなって、顔を大我達がいるであろう無数の石壁の向こうへと向けた。


「キックは当てられたが、どうにも手応えが薄かったな。これで終わりとは思えない」


「だろうよ。あんなティアの見た目した薄気味悪い奴、得体が知れなさすぎて何してくるかわかったもんじゃねえ」


 戦況的には優位だが、これでまだ終わるとは思えない。何かを隠してるような気がしてならない。

 底の見えない、友達に化けた敵への警戒心を解かずにいたその時、難しい顔をしていたエルフィがはっと何かに気がついた。


「熱源反応!? お前ら!! すぐに道の脇まで逃げろ!!」


 突如偽ティアの方向から検知したエネルギー反応。エルフィは二人に身体を端へ持っていくように叫んだ。

 細かいことを聞くこともせず、二人はその言葉に強い危険を感じ取り、同時に左右端側に回避した。

 その時、灼熱のようなレーザービームが、二人の間を突き抜けていった。

 作り出した石壁は、円形にくり抜かれたような痕を作りながら、大部分が木っ端微塵に消滅してしまった。


「なんだ今の……魔法……なのか?」


 ラントの記憶には存在しない、純粋なマナの暴力。

 今までに見たこともないそれは、肌にぐさぐさと感じる程の脅威であることは嫌でも理解できた。

 一方の大我は、この光線に対して何か見覚えがあるような、ボヤケているような引っ掛かりを脳裏に覚えていた。

 機械の軍団から逃げ惑う時に見たそれとも違う気がする。

 一体これはなんなのか。大我は土煙の晴れた向こう側を確認した。


「――――あんなのアリかよ」


 その先にいたのは、変形した両手両脚で自身の身体を、四つん這いの姿勢で地面に固定している偽ティア。

 彼女の下顎がズレて開放された口からは、両手からせり出した銃口とは明らかに違う、赤く輝く砲身が、喉奥から剥き出しになっていた。

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